休めない人々

あれほど多くの人を路上で見たのは初めてだった。職場から家まで歩いて帰る途上、横浜の海沿いの国道は歩道を歩く人たちで一杯だ。車列も満杯だが、こちらは渋滞がひどくて青信号でもぴくりとも動かない。津波警報が出ている時に、こんな海抜0メートルの道を歩くのは愚の骨頂だ。それは承知しているが、ウォーターフロントのオフィス街から逃げ出す道はこういう道しかないのだった。

それでもわたしは帰ることができただけラッキーだった。職場にはまだ多くの同僚が不安な気持ちを抱えたまま、夜明かしを覚悟で残っていた。交通機関がバスをのぞいて一切ストップしていたからだ。男達はそれでもまだいい。女性、とくに小さな子どもを家や保育園にあずけて働きに来ている女性たちの心配は尋常ではない。携帯電話が機能マヒし、固定電話もろくにつながらない状況で、どうやって子どもの安全を確保するのか。

わたしが帰れたのも偶然の結果にすぎない。たまたま職場にいて出張にも外出にも出ていなかった、たまたまエレベーターにも閉じ込められなかった、たまたま家も近くだった、たまたま面倒を見るべき直属の部下もほとんどいなかった、そして、たまたま国道を歩いている時に津波が襲ってこなかった・・それだけのことで、自分の意志や才覚とは一切関係がない。自分は自然災害には全く無力なのだった。

たまたま偶然のことで帰る人、帰れない人が分かれてしまう。しかし、帰らずに留まらなくてはならない人もいるのだという、当たり前のことに気がついたのは、帰路を歩き出してしばらくたってからだった。

帰らずに留まる人とはどんな職種の人たちか。たとえば、保育園の保母さんがそうだ。母親達が迎えに戻れぬうちは、幼児を施設に預かったまま留まり続けなければならないだろう。彼女たちだって自分の住居や家族がひどく心配なはずだ。だが、職業的な責任上、持ち場を離れられないのだ。

それに消防署の職員だってそうだ。横浜は、ビルから見えた範囲では火事の煙は見えなかったが、かりに火の手が上がったとしても、こんな渋滞した道でどうやって駆けつけるべきか。それから、発電所・ガス会社・電話局・鉄道会社の人たちもそうだ。こうした「ユーティリティ」事業の運転・保全の人達は、たとえ機能が停止しているように見えても、中では必死に回復に努めているにちがいない。わたしが高層ビルの階段を帰るために歩いて下りる最中も、ビル保全の人は階段を逆に駆け上っていった。彼らは帰りたくても帰れず、休みたくとも休めないのだ。

それからもう一種類、休めない人たちがいる。会社や組織の「責任者」の人たちだ。部下や設備の安全に責任を持つ人たち--全体の状況を把握し、全員の無事を確保するまでは仕事から降りて休めない。ちょうど船長が総員の退去を確認できるまで船を下りられないように。

わたし達の社会は、こうした保母さんや駅員や運転員や保全マンや事業所長・店長などの無名の人たちの努力によって、かろうじて支えられているのだった。それに比べれば、大企業の中間管理職でござい、と偉そうにしている自分自身など、いたって居なくたって何の変わりもないではないか。

いや、あの人たちだって仕事で給料をもらっているじゃないか。一瞬、そう思った。だが、制服にヘルメットをかぶり、交差点に立ってあたりを警戒している若い消防署員の、不安そうな顔を見て、思い直した。彼らは給料のためだけに働いているのではない。誰だって人は「パンのみに生きるにあらず」ではないか。それに、わたし達の社会は、彼らの危険と不安と責任感に見合うだけの給料の差額を払っているだろうか? ほんの一瞬でも、危険をお金で差し引きしようと考えた自分が、ひどく恥ずかしく思えた。

サービスという仕事は、ある意味で精神的に引き合わない仕事である。サービス業の中核は、「リソース」の提供と保守だ。「仕事の最小単位--アクティビティの構造を学ぶ」でも書いたように、リソースとは、何らかのプロセスの中にあって必要とされるが、アウトプットに組み込まれずに、作業が終わるとリリースされるような存在である。それは「人」Human Resourceの場合もあるし、場所や設備機械の場合もあるし、水道光熱を供給する仕組みの場合もあるし、交通や通信などシステムの場合もある。またバックアップとして、緊急時や異常時のみに必要とされる種類のリソースもある。保育、鉄道、電気、ガス、電話などはみなリソース提供のサービスだ。消防や医療もまた、異常時のためのサービスである。

そしてサービス業が精神的に報われないのは、こうしたリソース提供の仕事は、「100%動いていて当たり前、機能しなかったらガンガン責められる」扱いを受けやすいからだ。その昔、初めて電力で灯がともされた頃は、電気は貴重だったろう。あれば嬉しかっただろう。だが世の中が発展し、いつの間にか電気は通じて当たり前に感じるようになった。どんなものもそうなのだ。初めてWWWとMosaicが登場した頃、ユーザは皆、その希少性に熱狂した。今は Webサーバが落ちればとたんに文句を言われる。ネットの維持は「当然の仕事」になったのだ。

この天災を目の当たりにして、Twitterをはじめ多くのチャネルを通じて善意ある情報や申し出がなされている。そのことはわたし達の社会にも健全性が残されている証拠であり、うれしい。しかし、溢れるほどの沢山の『善意』と、『当然の仕事』観のギャップに時折驚くこともある。

海沿いの国道から離れて自宅の方に向かう道を曲がった時、その前から頭の中で生まれては消えていたメロディの断片が、急に全体像をとって鳴り響いた。

 凍れる 月影 空に冴えて~ 
 真冬の 荒波 寄する小島

それはなぜか、『灯台守の歌』だった。海の孤塁で、文明の小さな光を守る、古い時代のロマンチックな歌を、なぜ思い出したのかわからない。だがそれは、揺れ動くわたし達の社会に、確かに必要なもののシンボルなのだった。

* * *

今回の地震・津波で被災された方々が一日も早く安心した生活に戻れますことを、また不幸にも亡くなられた方々のご冥福を、心からお祈りいたします

  佐藤 知一
by Tomoichi_Sato | 2011-03-12 18:32 | ビジネス | Comments(2)
Commented by uzuho at 2011-03-13 02:22 x
無事に帰宅できてよかったですね。
私も偶然、会社に戻ったところで地震に会い、
会社の目の前に住んでいるので子どもともすぐに一緒になれました。
小学校に電話が通じて、今学校を出たと聞けたのも安心でした。

地震とともに停電したので、情報源は携帯のツイッタ―とフェイスブックだけ。このメディアを使っていない家族とは連絡が取れませんでした。。。

原発の事故がとても怖くて、娘を少しでも西に避難させたく、
今日夕方、鎌倉から娘を中部地方の両親のところに避難させました。
原子爆弾や、スリーマイル島・チェルノブイリの被害を思い出してしまい、考えすぎですめばいいと思いました。
ぜひ、この原発事故についてもエントリ書いてください。
Commented by Tomoichi_Sato at 2011-03-21 00:04
コメントありがとうございます。
原子力発電自体については専門ではないのですが、エンジニアの使い方については、意見があります。次回は、その問題について書いてみるつもりです。
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