営業活動という名前のプロジェクト - そのリスクとリターンを考える

プロジェクト型の事業はふつう、初期には費用を使って、成功するとリターンを得るというキャッシュフロー構造をしている。言いかえれば、最初に投資が必要で、完了時に回収する仕組みである。受注型プロジェクトでも、最初は人件費や外部コストがかかり、成功裏の完了すると支払を得るわけだから、時間的な構造は同じである(会計的には「投資」扱いにならないとか、一部の「前払金」があり得るなど、細かな差違はある)。

いうまでもなく、多くのプロジェクトは失敗のリスクをともなっている。すなわち、初期の投資を回収できずに終わる可能性が(大小はともあれ)存在する。いま、プロジェクトの初期投資額をC、成功時の収入をSとし、かつ途中で中断失敗するリスク確率をrとすると、プロジェクトの生み出す価値の期待値は、非常に単純化して言うならば
 (1 - r)S - C       (1)
で表されることになる。これがプラスでなければ、そもそもやる意義はない。

さて、プロジェクトの投資主体が、自分では資金を持っておらず、また担保能力も有していない場合は、外部から資金調達しなくてはならない。このときは、貸し手の側から見ると、そのプロジェクト事業のリスクに応じて、一種の利子を要求することになる。貸し倒れの可能性があるからだ。利子は、最低でもデフォルト(=貸し倒れ)損失を上回るよう設定する必要がある。デフォルト状態に陥る確率は上記の通りrである。このとき、最低利子率Rは
 R = r/(1 - r)       (2)
となることを、前回(『戦略的プロジェクトとリスク・プレミアムの原理』)説明した。

無担保でお金を貸すようなことが世の中にあるわけ無い、とお思いだろうか? それが、あるのである。事業の将来収益自体を担保に取ることで、事前の担保無しで資金調達する手法だ。事業主体となる企業は特定事業目的の子会社(SPC)を作り、親会社の連帯保証無しで融資を求める。これをノンリコース・ローンと呼ぶ。プロジェクト・ファイナンスの分野の手法であり、海外の巨大エネルギー系プロジェクトなどで、ときどき用いられる。融資側は無論、プロジェクト事業のリスクについて詳細な評価をして利率を決める必要がある。世界でもこうした審査ができるのは、トップクラスの一部金融機関に限られる。日本では、東京ディズニーランドの事業を開始する際に、同様の手法がとられた事が知られている。

ところで、そんな大げさな話ではなく、どこの企業にも、失敗すると無に帰する投資事業が二つあるのである。その一つは、R&Dである。研究開発は、確かに投資だ。そして、必ず成功するとは誰にもわからない。まあ、失敗確率の低い「改善研究」だけに集中する企業はあるだろう。そもそもR&Dを持たない企業もある(米国には、経営者が引退前にボーナスを稼ぎたいがために、お金のかかるR&D部門を閉鎖してしまうケースさえある!)。

そして、もう一つ、もっと日常茶飯的に、非常に大きな失敗のリスクをともなう仕事がある。それは営業における案件の受注活動である。顧客がある案件の引き合いをかけてきた。ライバルのX社・Y社にも声がかかっているようだ。しかし売上低迷の折、ぜひともこの案件はものにしたい。御見積書にきちんとした技術提案書をつけて、ベスト・プライスでオファーしよう。こんな光景は今どき、どこの企業でも見られる。なにしろ、見込生産で製品を大量に作っておけば、端から売れていった時代はとうに終わっているのだ。

受注活動それ自体を、一つのプロジェクトと考える。これはある意味、ごく当然なことである。では、その収支はどうなっているのか。そしてそのリスクは?

そこで、ちょっと考えてみよう。今、受注金額1000万円クラスの案件があるとする。原価をざっと積んでみると700万円であった。うまく受注できれば、300万円の利益が出る。では、この案件の受注活動には、いくらまで営業費用をかけられるだろうか?

式(1)で言うなら、将来収益S=300万円である。一方、初期投資額C=営業費用になる(受注しなければ製造原価700万円もかからない点に注意)。では、失注確率rは? もし顧客が恒常的に3社合見積をとっており、かつライバルとの実力が拮抗しているなら、受注確率は1/3、失注確率r=2/3=0.67となる。単純に考えれば、(1)式がプラスになればいいのだから、
 (1 - 0.67)(300万) - C >= 0 すなわち、C <= 100万円
で、営業費用は最大100万円まで許されるように思うだろう。

ところが、この案件を失注したときのリスク費用がここには抜けている。リスク費用は、利率と投資額の積R・Cで表される。つまり、無担保投資の場合、式(1)は次のように修正しなければならない。
 (1 - r)S - (1 + R)C >= 0       (1')
これと、先ほどの式(2)を組み合わせると、次の条件式が得られる。
 C <= S・(1 - r)^2             (2)
ただし、^2は2乗の意味である。これに先ほどのS=300万、r=0.67を代入すると、
 C <= 33.3万円
という事になる。営業費用は、最大で33.3万円しか許されないのである。

ということは、何を意味しているのだろうか。勝率が1/3の賭け、いや、「受注活動プロジェクト」に投下できる費用は、粗利益の1/9以下にしなければならないということだ。上記の例では、製造原価に対する販売費比率は4.7%以下となる。それ以上費用をかけていると、企業全体では失注リスクのためにマイナスになってしまうのだ。では、あなたの会社の販売費比率は平均でいくらだろうか? そして失注確率は?

ちょっと待て、その論理はおかしい。会社が営業活動の費用に対して「利息」をチャージする意味など無いはずだ。なぜリスク中立であらねばならないのか? 営業部門の経費は固定費として予算化されているではないか。そもそも、営業費用などせいぜい電話代と交通費程度だから、個別案件に33万なんて使うわけも無い--こう反論される方もいるかもしれない。しかし、それは営業部門の直接経費だけを見た場合である。受注生産の場合、見積を行うためには、必ず技術部門や生産管理部門の手伝いが必要となることを忘れてはいけない。技術提案書を作るには、ライン部門の人を動かさなければならず、その人件費は会社が負担しなければならないのである。

ちなみに33万円なんて、ちょっとしたクラスのエンジニアなら2週間以下の工数相当である。あっという間に使い切ってしまう金額だ。まして、製造部門が子会社だったら、どうか。あるいは、海を渡ったアジアの別会社だったら? その失注リスクは、誰が負担するのか。

しかし、見積に人件費を使うから、それを支払ってくれ、と要求しても、たぶん大方の営業部門の答えはNOだろう。「見積は無料に決まっている!」と営業本部長あたりに怒鳴られて終わりである。その結果起こるのは、製造部門の見えないコスト上昇だ。見積失注負担をどのように扱うかは、その企業の原価管理のやり方によって違うが、多くは不稼働損の形で原価差額に期末に繰り入れるだろう。つまり、ライン部門の人は誰も知らぬうちに、いつのまにか部門全体の単価が上がる形で処理されるのである。

こうして、「どうしてウチの製造部門は高コスト体質なんだ!」「だから仕事が取れないんだ!」と営業や本社が怒る状態が出来上がる。元はといえば、失注リスクに伴う見えないコストを、製造ライン部門につけ回した結果で起きたのに。

この問題を解決する方法はあるだろうか。少なくとも、わたしの思いつく答えは一つである。それは、「ムダな受注活動プロジェクトには工数を投下しない」ことだ。受注の見込のない案件には費用を使わない。案件の確度が高まるまでは人件費を投入しない。そして全体の受注確率を上げることである。(2)式では使って良い営業費用は受注確率の2乗に比例する。上記の例で、もし受注確率が1/2なら、C=75万円、確率が0.7なら、Cの上限は150万円近くなる。

受注確率を上げるとは、すなわち案件の状況を冷静に見て、無駄な戦いは省くということである。戦いを略すこと、これを戦略という。もう一度聞こう。あなたの会社の販売費比率は平均でいくらだろうか? そして平均受注確率は何%だろうか? こうした数字を、営業部門は客観的に把握しているだろうか。それこそが、高コスト体質改善の第一歩となるはずである。
by Tomoichi_Sato | 2010-11-07 19:32 | リスク・マネジメント | Comments(0)
<< 「ITって、何?」 質問7 P... 「ITって、何?」 第6問 バ... >>