戦略的プロジェクトとリスク・プレミアムの原理

プロジェクトと戦略という言葉は、切っても切れない関係にある。戦略が何を意味するかについては諸説あるが、少なくとも戦略的に何事かを行うことは、同じ業務をルーチン的に繰り返すのとは違った側面を持っているはずである。つまり、特定の目的を持つ、時限的な営為なのだ。ということは、戦略がプロジェクトを生み出すケースは非常に多いわけだ。

ところで、プロジェクトとは失敗のリスクをともなう事業である。このことは、すでに何回も書いた。そして、戦略とは仮説に基づく一種の賭けであって、裏目に出る可能性もあることも前回書いた(「戦略シンドロームと改善病」参照)。では企業が、戦略的なプロジェクトに対して投資する資金は、どのように保証するのか? いいかえるなら、企業の投資行動に対する「保証料」(リスクのコスト)はいくらが妥当なのか。タダで賭けはできない。虎の子を賭けに使うなら、それに伴う見えない費用がある。今回は、それについて簡単に考えてみたい。

--ある日、小学生の息子がやってきて、「お父さん、お金を1,000円、貸してくれない?」ときく。何に使うかを質問してみると、何やらゲームキャラクターのカードを買うとクジを引けて、珍しい景品がもらえるのだという。景品が当たったら、それを友達に2,000円で売る約束ができているらしい。つまり、1,000円は息子にとって一種の投資なのである。うまくすれば、2,000円の収入を得るという寸法だ。

ただし、必ずクジが当たるとは限らない。ネットで調べてみると、どうやら当たりの比率を7割程度に設定しているらしい。わたしは息子の投資に、1,000円を貸すべきだろうか?

この息子の投資事業が失敗するリスク確率は30%である。そこで、事業の期待値を計算してみると、
 (1-0.3) x 2000 - 1000 = 400 (円)   ・・・(1)
とプラスになる。だから、投資の価値はありそうである。

しかし、ここでふと、息子に対して、「お金を借りると利子がかかる」ということを教えてもいいと思いつく。それでは、自分はいったいいくらの利子を息子に課すべきであろうか。もともとわたしの自己資金なのだから利子ゼロでも良いのだが、ちょっと考えてみよう。

かりに利子率をRとしてみる。息子がクジにあたったら、得た収入から、貸した元金の他にさらに1,000・R円を返してもらえる。その確率は70%である。一方、息子に1,000円を貸しても、クジが外れたら、息子は他に蓄えがあるわけではないから、借りを返済できなくなる。つまり、1,000円の融資額を失う場合の期待値は、失敗のリスク確率30%を乗じて、-300円である。

すると、貸し手としてのわたし自身のキャッシュフロー期待値が、マイナスにならないためには、
 (0.7)・1000・R - 300 >= 0
でなければならないはずだ。すなわち、利子率Rは
 R >= 300/700 = 0.429    ・・・(2)
これが、わたしが損をしないための条件である。結構高い。

つまり、わたしは(いや、たとえ誰であろうと)息子の事業にお金を貸す場合、1,000・R = 429 円以上の利子をつけないと、損をすることが分かる。その理由は、小学生の息子に担保能力がないからである。

さて、今度は息子の側に立ってみよう。この事業投資の期待値は400円だ。だが、利子を429円も課されてはマイナスになってしまう。したがって、残念ながらこのプロジェクトは成立しないのである。

一般に、失敗すれば全額を失うような投資額Cに対して、利子率Rを決める場合、プロジェクト失敗のリスク確率をrとすると、
 (1-r) RC >= rC   ・・・(3)
が成り立たなければ、その費用を融資するものは居ないだろう。このとき、プロジェクトの期待値は
 (1-r)S - (1+R)C >= 0    ・・・(4)
となっている必要がある。式(3)より、最低利子率Rは、
 R = r/(1-r)    ・・・(5)
という、きわめて単純な基準が得られる。たとえば、リスク確率r = 20%なら、最低利子率Rは 0.2/(1-0.2) = 25%になる。rが10%なら、Rは11.1%である。

なお、式(5)は投資額Cも収入Sも関係がなく、リスク確率rのみで決まることに注意してほしい。おまけに、利子とはいうものの、時間の項は出てこない。このプロジェクトが完了して収入を得るまでの時間は1日かもしれないし1年かもしれない。だが、それが成功裏に終わったら、元本Cを返済するのみならず、RCの金額を貸し手に払うのである。なぜなら、貸し手はその資金運用の自由度を下げて「失敗のリスクにさらしてくれた」からである。

経済学によると、利子とはマクロな資金市場における需給バランスと金融政策によって決まることになっている。そして、式(5)で現される項は、普通“リスク・プレミアム”と呼ばれる。お金を貸す場合は、通常の金利をベースにして、そこにリスク・プレミアムを上乗せして貸せ、と言われている。

しかしわたしは、実は式(5)の項こそが「利子」というものの本来的な起源ではないかと考えている。利子とは、失敗のリスク確率によって定まるのである。そこでこれを、これを「無担保投資の利子率の原理」と呼ぶことにしたい。

ご存じの通り、近世までのキリスト教、そしてイスラム教では現代でも、利息を取ることを禁じている。なぜなら、「お金がお金を生み出すのは自然法に反し、不正だから」という訳である。こうした宗教的テーゼには同調しないとしても、『利息』というものに対してなんとなく漠然とした違和感を感じている人は、現代でも多いのではないか。実はわたしも、長らくそう感じていた。

しかし、上記の(5)式に気がついたとき、目の前の霧が少し晴れたような気がした。別に金貸しの肩を持って、その仲間に入ろうという訳ではない。ただ、プロジェクトにリスクが不可避的に付随することは事実だ。そして、貸し手がそのリスクに対して中立であろうとするならば、最小限の利子が必要となるのは理論的必然だからである。

では、ある部門が戦略的な賭けを行って投資する場合の「貸し手」とは誰か。それはもちろんその企業自体である。そして、企業のトップ自身が投資を決める場合の「貸し手」とは、株主である。したがって、投資を行う部門は、直接の利得以外に(5)式に定められる金額を、企業・株主に対して負っていると考えられる。

なお、もし実行主体に担保がある、あるいは、プロジェクトの失敗時にも残存価値がある場合は、条件式(5)は少し緩和される。失敗時の担保価値(残存価値)の投資額Cに対する比率をαとすると、
 (1-r)RC >= rC - αC の条件より、
 R = r(1-α)/(1-r)   ・・・(6)
となる。たとえば、α=0.9 (担保価値は貸し金の90%)だったら、Rは式(5)の値の1/10になる。だから、住宅ローンのように十全な担保を設定できる貸し手は、あまりリスク・プレミアムRの評価に頭を使う必要がない。同じように、従来の日本の銀行融資は、もっぱら担保主義であった。だから、市場金利をベースに商談を決められたし、だからこそリスク評価の能力がさっぱり向上しなかったのだとも言えよう。

もっとも、上記の話を、ある一流企業の技術部門の人たちに説明したら、「そもそも失敗中断するかもしれない事業に会社が投資するなんてあり得ない」という反論があった。なるほど、そうかもしれない。しかし、その会社でも、結果がゼロになるかもしれない「賭け」に似た投資的行動が定常的に行われている部門が、二つあるはずなのだ。

その一つは、「研究開発」である。研究開発は、未知なる結果を探求して行われる活動だ。必ず成功するとは誰もわからない。

いや、かりにその企業にR&D部門が無いとしても、ほぼすべての会社に、最低もう一つ、定常的に失敗のリスクをともなう営為を繰り返す部署がある。それは「営業」である。営業はさまざまな案件を追うのが仕事だが、いつでも競争に勝って受注できるとは限らない。では、営業におけるコストとリスクのバランスは、どう考えるべきなのか? これについては、項をあらためて、また書こう。
by Tomoichi_Sato | 2010-10-31 22:03 | リスク・マネジメント | Comments(0)
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