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サプライチェーンのリスク・マネジメント

何年か前、国内で工場の事故・火災があいついだことがあった。新日鉄の製鉄所で爆発事故があったと思ったら、すぐにブリジストンの工場でも火災が発生し、かと思うと今度は地震が引きがねとなって出光興産の製油所のタンクが火を噴く、といったぐあいだ。さらに新日本石油の製油所まで出火があった(これは幸い短時間で鎮火したが)。

その時、たぶん出すだろうな、と思ったら案の定、経済産業省は工場の安全体制について指示だか通達だかを出した。問題が起こったら、あわてて指示を出す。問題が起こらない限り、何の確認も質問も出さない。お役人というのは、前もって問題を予知しリスクに対処するという、プリベンティブ・メンテナンス(予防保全)やリスク・マネジメントの考え方が、さっぱり身に付いていないところらしい。

この新日鉄とブリジストンの工場の火災事故に関しては、トヨタが自動車生産量を見直す羽目になった、というのでニュースになった。大規模な爆発事故が起こったのに、有害物質拡散の事実確認や近隣住民への影響をさておいて、自動車メーカーの生産量を心配するとは、ずいぶんこの国のメディアは報道スタンスが歪んでいるな、と思う。が、それはさておき、この日本のサプライチェーン・マネジメントの模範生である自動車メーカーの困惑は、想像以上だったろう。

じつは、リスク・マネジメントで必要とされる方策は、一般にサプライチェーン・マネジメントが教える戦略と、真っ向から対立する。そのことに多くの人は気がついていないようだ。そして、両者を同時に満足できる原則とはどのようなものか--これが今回のテーマだ。

サプライチェーン・マネジメントの参考書では、だいたい、次のような戦略が推奨されている:
(1)不要な在庫を削減し、在庫量をサプライチェーン全体にわたって最小化すること
(2)サプライヤーの数を絞り込み、安価で継続的な供給が実現できるようアライアンスを組むこと
(3)需要と供給を機敏に同期化できるよう、計画と意思決定権限を集中化すること

ところで、供給活動において、リスク・マネジメントの見地から必要とされる方策は、どのようなものだろうか。リスクというものは、それが小さな故障であれ、ディザスターと呼ぶしかないような大規模な災害であろうと、正確には予見しがたい事象の可能性を指す(規模の大小というのは、それを計るものの立場で決まるわけで、絶対的な基準があるわけではない)。

サプライチェーンというのは、物的供給のためのシステムである。サプライヤーからメーカーを通り、販売者から最終消費者へと、商品を受け渡す仕組みである。それを動かすのは需要情報や指示情報だ。そこにおける予期せぬ外乱とは、すなわち、供給経路が遅延ないし遮断されたり、ストックが物理的損害を受けたり、情報が隔絶したりする事象を指す。

したがって供給システムが、予期せぬ外乱や遮断に対して、安定性を保つためにとれる手段は、基本的に二つしかない。それは、どこかに変動を吸収できる余分なバッファーをもうけるか、あるいは供給経路を冗長化するか、である。つまり、言いかえれば、在庫をもつか、さもなくばサプライヤーを複数用意するか、なのである。上記の(1)と(2)の要請と、真っ向から対立することが、これでおわかりだろう。

さらに、物的供給経路ではなく、情報経路が遮断されるリスクに対しては、意思決定権限をローカルな単位に分散して、中央からの指示が無くても自律的に行動を続けられるようにするしかない。つまり、(3)の要請に背くわけだ。

こう考えていくと、サプライチェーンのリスク・マネジメントがいかに矛盾に満ちたものであるか、理解できると思う。それでは、この二律背反を解く原理や方法はないのだろうか。じつは、あるのだ。それも、思いがけないところにヒントがある。

それは、通信工学である。通信路における情報伝達速度の向上と、耐ノイズ性の向上との矛盾は、サプライチェーンの悩みとよく似た問題である。そして、通信工学(情報工学)の教える方策は、こうだ。
(1)まず、通信電文を効率よく符号化して、可能な限り無駄を省いて圧縮する。
(2)次に、意図して冗長性をつけ加える。ただし、その冗長性は、受信側がノイズを除去できるようなロジックにしたがって、つけ加えなければならない。
この手法は、シリアル通信におけるチェック・ディジットからATM通信に至るまで広く応用されて、成功を収めている。

われわれがサプライチェーンの問題に取り組むときも、方針は同じだ。
(1)まず、冗長性を省く。不要な在庫や過剰な供給経路を発見して、すべて排除すること
(2)つぎに、意図して冗長性を付け加える。つまり、脆弱性の予見される部分に、バックアップ的なサプライヤーや、変動を吸収するためのバッファー在庫をおく。「良い在庫・わるい在庫」で述べたように、“出来ちゃった在庫”ではなく“意図した在庫”は善なのである。

このような手順を行なえば、サプライチェーンのスリム化とリスク管理のバランスをとることができる。英語のことわざに、『すべての卵を一つの籠に入れてはいけない』というのがあるが、分散化がリスク管理の基本である。意図した在庫とルートの分散化こそ、サプライチェーンの強靱さを守るのである。
by Tomoichi_Sato | 2010-09-04 18:43 | サプライチェーン | Comments(0)
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