忘れもしないが、社会人になって初めてやった仕事は、LNGタンクの容量計算だった。プラントのタンク容量というのは化学工学的計算で決めるのだろうと思っていた私に、与えられたのは意外にも乱数シミュレーション・ツールだった。今ならPC上のダイナミック・シミュレータを使うところだが、当時はまだホストコンピュータ上で動く手作りプログラムだった。
LNG、すなわち液化天然ガスは、産出国で液化したものをLNGタンカーという極低温・高圧に耐える特殊な船に積んで、日本などの消費地に輸送する。このタンカーは数台が定期的に産地と消費地を往復するのだが、気候条件などでどうしても積み出しスケジュールに変動が出る。この変動を吸収できるだけの製品在庫量=すなわちタンク容量を求めるのが私の仕事だったのだ。 ここで私はごく初歩的なな法則を学んだ。製品の在庫量は、プラントだけの都合では決められない、ということだ。供給側が連続生産で、引取り側が不連続(タンカーという単位のバッチ引取り)である限り、そこには製品タンクがなくてはならないのだ。 ところで、シミュレーションを繰り返していくうちに、製品タンクの容量は船の到着時間の変動などよりも、もっとずっと大きな要素で決まってしまうことに私は気がついた。それはプラントの定期保守による生産ダウンだった。LNGプラントは定期的に一部をシャットダウンして、点検保守が必要になる。その間、生産量が落ち込むのに、引き取り側はおかまいなしに製品を運び出していってしまうのだ(これは長期販売契約の性質上やむをえない)。 定期保守は、あらかじめスケジュールが決まっていて、変動の入り込む余地は少ない。しかし、マクロな意味での生産と消費のギャップは、製品タンク内の容量で調整するしかないのだ。これは業態から必然的に導き出される法則で、だれかがメンテナンス不要・金属疲労ゼロの大規模コンプレッサーでも発明してくれない限り、逃れようがない。 この時以来、私は、在庫が悪で在庫ゼロが善だ、というような公式を無条件では信じなくなった。たしかに、在庫は需要と供給のギャップの結果として生じる。そして在庫には保管費用や在庫金利がかかる。だから、生産を需要に極力同期化して、在庫を減らし、ただ不可測の変動を吸収できるよう必要最小限の安全在庫だけを持て、と生産管理学は教える。 しかし、業種と製品によっては、生産と消費を完全に同期化することなど不可能なのだ。生産は連続で消費はロット単位だったり、生産は通年で可能だが消費は季節性があったり、生産は大量だが消費は小口にわける必要があったり、需給にギャップが生じるシチュエーションはいくらでもありうる。そういうケースでは、製品在庫は「必要として」現れてくる。 私は、在庫量のレベルを見て、良い・悪いの基準をあてはめるのは、おかしいと考えている。在庫を判断するとしたら、それが意図しておかれた「計画在庫」なのか、意図せずに結果として生み出された「出来ちゃった在庫」なのかの、区別だけだ。明確な意図があれば、目的合理性から判断は可能だ。そして、何も意図がない混沌の中で出来ちゃった結果については、その是非を議論すること自体ナンセンスだと思うのである。
by Tomoichi_Sato
| 2010-08-21 11:46
| サプライチェーン
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