買い物の流儀と法則

デパートの売り子を見ていると、“この仕事はシステム・アナリストに似ているな”と、よく思う。上手な売り子は、お客が来て商品をあれこれ見ては悩み、あれにしようか、これにしようかと考えるのを、しばらく任せておく。そして、客が自分に似合いそうもない服を選び始めると、控えめに、だがはっきりと、「お客様には、こちらがお似合いじゃありませんか」と口をはさむ。お顔の色が映えるとか、体つきにしっくりなじむとか。そして、客がそれなりに納得して買い物できるように、うまく誘導していく。必ずしも高価な商品をすすめるとは限らない。

上手な売り手というのは、単に客が「欲しい」というものをすすめるのではなく、客が「必要としている」ものを見分ける力を持っている。そして、“こちらの方がシックですよ”などと相手がその気になるよう表現する能力もある。「これは、自分が選んだのだ」そう信じれば、顧客満足もみたされよう。これこそまさに、システム・アナリストが備えるべき能力と等しいではないか。

しかし、これを逆の方角から表現すると、『客は自分が必要とするものが何かを知らない』ということになる。ことに、日本のお客はそうだ。なんとなく、漠然と「スーツでも買おうか」と買い物に来る。心の中にあるのは、買いたい商品のイメージではなく、買いたい商品のカテゴリーにすぎない。これが(たとえば)フランスあたりのデパートやブティックだと、客は自分の欲しい商品のイメージを、非常に明確に持って買い物に来る。ハイネック・スタイルのセーターで、毛糸は太め、色は明るい青で・・といった具合だ。買い物は探し物であり、より自分のイメージにマッチしたもので、なおかつより安いものを探すのだ(彼らはケチなので価格はきっちり交渉する)。

してみると、買い物の流儀には二種類あるらしい。自分が何を欲しいのか自覚せずに、売り手の提案にゆだねる買い方が一つ。さもなければ、自分が欲しいものを明確にして、売り手には価格努力のみを求める買い方の、二種類だ。それでは、どちらがより賢い買い方だろうか?

なんとなく、自分が欲しいものを明確にして、安く買い物をする方が、賢そうに思えるかもしれない。実際のところ、本当にモノを安く買いたかったら、複数の売り手から価格の見積もりを取って、競争させるのが定石だ。そして価格をきちんと比較するためには、欲しいモノの仕様がはっきりしていなければならない。オレンジと林檎の値段を比較してもしょうがないからだ。

売り手から見積が上がってきたら、その商品の詳細について吟味して、はたして自分が欲しいと指定した仕様に合致しているかを、質問して明確にしていく。要求からずれているところは訂正させ、また、相手があえて代替案を提示してきたときは、それを評価する。発注の前に行なうこの作業を、クラリフィケーション(Clarification)と呼ぶ。これが横文字で、対応する日本語がないところを見ても、われわれ日本の文化はどうやら調達の流儀や原則をきちんと教える場がないらしい。

むろん、売り手の方の知識が買い手よりもまさっている場合は、提案に任せる買い方も理があるだろう。寿司屋で言えば「おまかせ」というやつだ(自分の要求仕様で選ぶのは「おこのみ」である)。売り手が信頼できる場合は、「おまかせ」でも無駄を省けて安い買い物ができることも多い。そして、どうやらわが国では、昔はずっとこの流儀で買い物をしてきたものらしい。

にもかかわらず最近は、不況のご時世のせいか、はたまた欧米風スタイルに影響されたのか、自分の頭の中は依然として「おまかせ」流なのに、競争見積で安いモノを調達しようと考える企業をしばしば見かける。どこかで、調達の根本を誤解しているようだ。

調達の根本原則とは何か。それは、買い手の要求するモノやサービスの仕様と、売り手の供給できるモノやサービスの性状との間の、マッピング作業に他ならない。両者が一致したところで、その取引が合意され、対価を支払う約束がなされる。要求仕様と供給性状のギャップが小さいほど、価値は高くなる。そして、供給者に代替性が高いほど(つまり売り手の競争が激しいほど)価格は低くなる傾向がある。

自分が何を欲しいのか正確に知らないのに、一番安いのを買いたいと思うのは虫が良すぎる。何が欲しいのか、何がフィットするのかを知るのは、一つの価値だ。調達という専門職の価値とは、このマッピングをいかに上手に行なうか、に存する。「賢い消費者」という言葉がひと頃はやったが、企業がもっと賢い買い手にならない限り、この構造不況からはなかなか簡単には抜けだせないことだろう。


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by Tomoichi_Sato | 2010-07-29 22:12 | サプライチェーン | Comments(0)
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