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あなたの上司はなぜバカなのか? - 矛盾したルールにしばられる

その日、私は駐在先企業のキャンティーンで、一人で昼食をたべていた。何年か前のことだ。回りにはボソボソと、聞き取りにくいフランス語の響きが満ちている。その中にふと英語の音が聞こえたので、つい耳を傾けてしまった。鋭角な英語の音は、仏語の靄の中を通り抜けてくる。ちょうど穏やかな満ち潮の入江に磯が屹立するように。話の雰囲気からすると、一人は英国人、もう一人は米国人らしい。お互いは知りあいではなく、たまたま出張先のこのフランス企業で顔を合わせたにすぎないようだった。

「近頃は、出張の待遇がきつくなったよな。忙しい日程で、疲れるよ。」
そう一方が言えば、他方も同調する。
「ああ。まったくこの頃のボスときたら、二言目には、Bottom line, bottom line, だ。金のことばかりで、技術のことは二の次だ。」
「うちもだよ。昔はこんなじゃなかったのにな・・。」

エンジニア同士の話は、どこの国でもよく似た愚痴になるな、と思いながら聞いた。Bottom lineというのは、おそらく'90年代頃からビジネスの世界で流行りだした熟語で、ようは利益のことだ。案件の収支を計算するとき、こんな表をつくる。

  売上高
- 材料購入費
- 外注費
- 人件費
- 出張旅費等の経費
---------------------
  (利益)

利益は表の一番下の行に来るから、bottom lineというらしい。ここから転じて、結果とか結論のようにも使われる。

その日のすこし前、私はプロジェクトの同僚たちと、電子商取引サイトの技術的な問題について議論していた。参加していたのは、開発マネージャーのR、プロジェクト・マネージャーのJ-P、技術系バイヤーのPhとJ、オペレーション・マネージャーの私だ。日本人の同僚のH君もいたかもしれない。問題を吟味して、考えられる解決策のオプションを3つに絞り込んだ。その上でプロマネのJ-Pは(彼は辣腕だが他人の意見も一応聞くタイプなので)、技術的可能性、信頼性、ユーザの使いやすさ、変更の影響範囲、そして費用の5項目から、それぞれ評価し投票して、一番良い案を決めよう、と言い出した。出張中のディレクターB氏が戻ってきたら、それを提案して裁可を得るのだ。

黒板に3×5で15項目の評価を書き出した後で、ふと気づいて私が言った。「これって、3番目が一番安いな。だとしたら、B氏は3番目を選ぶに決まってるよ。だって、彼はお金しか見ないもの。」--この一言で全員が白けたような眼を私に向けた。事実かも知れないが、だとしたらこの議論の始末はどうしてくれるんだ。皆がそう感じたにちがいない・・。私は一人で黙々と昼食のお肉を噛みながら、それを思い出していた。

私は別段、ディレクターのB氏を嫌っているわけでもないし、馬鹿だと思っているわけでもない。むしろ率直にいうと、彼とはウマが合う。文系出身で、50歳過ぎで、典型的な保守系フランス人だが、頭は良いし、世の中をよく見ている。ただ、経営者から彼に課せられた採算収支への期待値が厳しすぎるので、物事にあてがうモノサシは一つしかあり得ないのだった。

マネジメントとは何だろうか。この問いを、すでに何度かここに書いている。マネジメントとは、ゴールを達成するために、人に働いてもらうことだ。自分で手を動かすことは、マネジメントの範疇には入れない。では、良いマネジメントとは何なのか。

それを考えるには、ダメなマネジメントというものを想起してみればいい。決めない、気づかない、学ばない、見通さない、人を(命令や強制以外では)動かせない--これらが、ダメな上司の典型だろう。サラリーマンの酒場の話題とくれば半分以上が上司やライバルの品定めだが、まあ上司が良い採点をされることは滅多にない。でも、あらゆる職場が、そんなにも無能な上司であふれかえっているとしたら、世の中はどうして成り立っているのか?

それはもちろん、仕事の需要と仕組みがあるからだ。とくに需要が右肩上がりの時は、どんなマネジメント上のチョンボでも、色の白いは七難隠す、みたいに隠してくれる。決めなくてもリスクは小さいので大丈夫、気づかなくても変化はないので大丈夫、学ばなくても見通さなくても、明日は昨日の拡大延長だから大丈夫。仕事は縦割り組織の中で完結するから、部下だけ動かしていれば大丈夫。そして、部下は勝手に動いてくれる。なぜなら、目の前の需要が仕事をどんどんつくり出してくれるからだ。在庫が増えようが原価が上がろうが、bottom lineの利益が出続ける限り、だれも叱責されない。

こうしたことは、市場がピークを迎え右肩下がりになってくると成立しない。前にも書いたが、ある製造部長は、生産担当役員からは「工場原価を下げるためにもっと在庫を削減しろ」と命令され、営業部門からは「夏の商戦を迎える前にどんどん製品を作りだめしておいてくれ」と要求されて、頭を抱えていた。市場環境の変化はこのように、モノサシの間の軋みとして現れがちなのだ。矛盾する二つのモノサシを当てられたら、誰だって身動きできなくなる。

あなたの上司がもしバカに見えたら、どう考えるべきか。もしかしたらその上司は本当に、個人的に無能なのかもしれない。そして、私の部下だって無論、私のことをそう思っているに決まっている(笑)。でも、もしかしたらその上司は、相矛盾する複数のモノサシをあてがわれて困っているのではないか、あるいは会社の与えるモノサシの間の優先順位が狂っているのではないかと、疑ってみてもいい。たとえば、どんな時もコストが最優先の尺度だ、といった“Bottom Line症候群”のように。そうだとすると、その無能な上司のかわりに、自分がボスの地位に立った時も、同じように部下から無能に見える可能性が高いだろう。

マネジメントに問題があるとき、それを上司個人の属人的な特性だけで説明するのは簡単だ。しかし、それは私たちの眼を問題の本質からそらせてしまう。Aをやっても非難され、Aをやらなくても非難される状況では、誰もが無能に見えるしかない。

組織のヒエラルキーの中で上に位置する者ほど、異なる複数業務の情報を得る立場にある。製造部長は加工と組立と品管の状況を知り得る。事業部長は販売と製造と技術の状況を知り得る。なんらかの問題が起きたとき、現場の担当者はその解決案を考えるだろう。しかし、加工工程での解決案が、品管工程に影響する可能性がある場合は、どうするか。その場合は、製造部長に案を持ち上げて、製造全体の視点から比較評価してもらう必要がある。製造部長は、自部門の目標と制約から見て最適な案を選定するはずだ。このようにマネジメントの階層とは、情報収集と問題解決の階層でもある。

ところが、自部門を評価する基準が複数あって、優先順位が決まっていなかったら、あるいはトレードオフ関係にあったらどうするか。どの答えを出しても、必ず誰かに非難されることになる。アクセルとブレーキを同時に踏んだら自動車だってトラブるように。

あるいは、技術的長期的なファクターを無視して、目先の費用だけで判断することを強いられるのかも知れない。すなわち現実の複雑な事象に対する評価尺度の優先順位が、あまりに単調化しているのだ。いずれの場合も、組織が抱えるルールが、現実と矛盾していることを示している。

中間管理職がバカに見える時は、気をつけた方がいい。会社の『仕組み』、組織を動かす目標尺度のシステムがバグっている可能性が高いからである。そういう時に、自分もバカにならない方法は、たった一つしかない。それは、与えられた尺度の中だけでベストな「正解」を他所に探すのではなく、今よりも広い視野で、あるべきルールの体系を自分の頭で考えてみることなのである。
by Tomoichi_Sato | 2010-07-25 12:39 | 考えるヒント | Comments(3)
Commented by nanasi at 2010-07-25 15:51 x
確かに中間管理職の責任ではないかもしれませんが、その中間管理職から最高経営責任者までの鎖の中に少なくともひとりは「バカ」がいる証拠ではあると思うのですがどうでしょうか。全員が賢明ならトレードオフについて速やかに議論されるはずだと考えるのは愚かでしょうか。
Commented by Tomoichi_Sato at 2010-07-26 22:05
会社のルールの体系が現実と矛盾しているのに、それに気づかないとしたら、少なくともその責任は経営者にあるでしょう。中間管理職たちに、その責任の一端がない、とは言えないとも思いますが。
Commented by NN at 2017-02-16 10:42 x
われわれ人間は、他人の行動を分析する際に、属人的な要素を過大評価する一方、環境的な要素を過小評価して考えるクセがあるようです。社会心理学の分野では「根本的な帰属のエラー」などと言うようですが。

そういった偏った思考のクセに対する処方箋として、当ポストに書かれている、他人が馬鹿に見えるときは組織・環境のバグを疑ってみるという態度はとても有効なように思えました。ありがとうございます。
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