時計の針を進めておいてはいけない

あるとき、ビジネス雑誌の編集者の方に、「スキマ時間の活用法」というテーマでインタビューを受けた。日常生活や仕事の上で、10分とか20分、ふと時間ができてしまうことがある。電車での移動時に乗り換え待ちになるとか、アポイント先を訪問したら、思ったより早く終わってしまって、次の予定まで空きが出てしまうときなどである。こうした余裕時間をどう活用するべきか、時間管理術の観点から伺いたい、という質問であった。たとえば外国語の単語学習に充てるとか、メールをチェックするとか、次の訪問先の株価動向をネットで調べるとか、そんな感じの答えを期待されていたようだ。

私は、自分であらかじめ確保した集中できる時間と、外部からイベント・ドリブン的に与えられる時間では、その「質」が違うことを説明し、また自分だったらまずTo Doリストの見直し時間に充てるだろう、と答えた上で、逆に問い返した。「あなたは、本当にそんな小さなスキマまで埋めつくすような時間管理をしたいですか?」

その編集者は笑って、ノーですね、と言われた。実際そこまで几帳面に、あるいは追い立てられるようにして、時間を無駄なく使いたいものなのか、自分でも本音では分からない、とのことなのだ(でも、多分こうしたニッチ時間のマネジメントみたいな記事は読者の興味を少しは引くだろうと想定されたのだろう)。

聞いていて、つい、時計の針を5分か10分、進めておく習慣のことを連想した。腕時計や、家庭の居間の時計の針を、余裕を持つためにちょっとだけ進めておく人は、しばしばいる。だが、私はこのような「時間管理」の習慣には賛成しないし、にもそう書いた。

時計を進めておいてはいけない、という主張は、もともと父の教えだった。時計は時間を計測する計器である。「計器はつねに正確でなくてはいけない」というのが、技術屋だった父の思想であった。体温計を考えてみろ。体温計は正確でなくてはならない。それを、健康のためと称して、体温計が0.5℃くらい高めに表示するよう設定する奴がいたら愚かだ。これが根本にあった考え方だった。

余裕時間のことを、スケジューリング理論ではフロート、ないしバッファーと呼ぶ。もともとフロートとは、あるタスク(アクティビティ)の、期限日までの差を指す。期限までの日数が日で、タスクの作業所要日数が日であるとき、フロート=N-mで表される。フロートは大きければ大きいほど着手の余裕がある(着手日の「自由度」が大きい、という)。フロートがゼロの場合は、本日すぐに着手しなければ間に合わない。

フロートは未知の変動要因(リスク事象)に対応できる能力を確保しておくために必要とされる。私たちは先のことを完全に見通すことはできない。外部から急な飛び込みがあるかも知れないし、自分の側で急に不都合ややり直しが生じるかも知れない。こうした要因のために、現実は計画からしばしばずれていく。それでも、フロート(余裕日数)を持っていれば、こうした変動要因に対応することができるのである。

そして、スケジューリング理論の成果の一つは、フロート日数には加法性が効かない、という法則の発見である。フロートは、まとめて確保した方が、小さく分割して取っておくよりも有効なのである。1日分のフロートを確保いる状態は、2時間分のフロートを12個ばらばらに持っているよりも、ずっと計画からの変動に耐えうるのである。この理由を説明するには多少の数学的知識がいるが、分散には加法性が成り立つが標準偏差は1/2乗則が効いてくる、と言えば少しは想像がつくだろうか。細切れにしたフロートは役に立たない、と言いかえてもいい。それゆえ、フロートをどこにどう配置しておくのが良いのか、という議論が出てくる(これをバッファー・マネジメントとも呼ぶ)

そして、だからこそ私は、時計の針を進めて5分や10分と言った小さな余裕時間をちょこちょことる習慣に賛同できないのである。それよりもあらかじめきちんと時間の使い方を計画しておき、その中にまとまった「使途未定のバッファー時間」を取っておく方が、ずっと有効である。

そこで、スキマ時間の活用の話に戻る。--本当にスキマを埋め尽くしたいですか? とたずねられて、答えに逡巡する人は、たぶん時間管理というものを誤解しているのである。時間管理の目的は、時間に吝嗇になることではない。5分、10分といった時間を節約して、いったい何に活かすのか? インドの文人(ガンジーだったかも知れない)がイギリスの学校を訪問していた時、校長室に「たった今、100m走で従来記録を0.1秒縮める新記録が出ました!」と興奮した知らせが飛びこんできた。するとインド人は「その節約した0.1秒を、その学生さんは何に使うんですか?」とたずねた、という。それと同じことだ。

時間管理の目的は何か。それは、考える時間を作ることなのである。追われている毎日の中では確保しがたい、落ち着いて考える時間を作ること。言いかえれば、傍目には、「何もしていない時間」とみえる時間を作ることだ。私たちには、じっくり考えたいことがいろいろある。新製品のアイデアかも知れないし、ビジネスの行く末かも知れないし、あるいは自分自身の身の振り方かも知れない。だからもし、「使途未定の時間」を幸運にも使わずにすんで、まとまった時間が残ったら、それは是非、考えることに使いたいのだ。そして人間が考え事に集中するためには、最低15分くらいは要る。そのためには、5分や10分の細切れでは足りないのである。
by Tomoichi_Sato | 2010-07-19 22:18 | 時間管理術 | Comments(0)
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