書評:「戯曲 アインシュタインの秘密」 C・F・カールソン著 桂愛景訳

戯曲 アインシュタインの秘密 (叢書 知性の華)

これは素晴らしい。本書は翻訳書の体裁をとっているが、じつは科学史家・唐木田健一氏の変名による、戯曲形式の独特な科学論である。

アインシュタインは今では20世紀の天才の代表と言われているが、彼が初期の研究業績である光量子やブラウン運動の論文を発表したときは、ベルンの特許庁職員だった。大学に残りたかったのだが、優秀でなかったため職が得られなかったのだ。また彼は後にノーベル賞を受賞するが、相対論の業績に対するものではなかった。それは周囲のアカデミズムが愚昧だったためなのか? 必ずしも、それだけではない。そこには革命的な新理論の危うさ、科学と政治との関わり、そして科学者の地位を支える基盤、という問題点がある。本書はそれらの論点を、三幕ものの戯曲して、それぞれアインシュタインと共同研究者との対話の形で明らかにしていく。

とくに、第一幕での対話で、コペルニクスの地動説やドルトンの原子論という、いわゆる物理学史における革命的な理論が、登場時にはいかに強引かつ不正確だったかを克明に示す部分は、読む人間にとって新鮮な驚きを与えてくれる(観測事実を正確に表すという意味では、その前のプトレマイオス修正天動説の方がずっと精密だった)。この事実を語るのが、プロシア科学アカデミーから「相対論はユダヤ的」として攻撃を受けている最中のアインシュタイン自身である、というのがこの戯曲の趣向である。

ところで、アインシュタインの対話の相手は、第一幕はデービッドという大学院生、第二幕は実在の科学者インフェルトだが、第三幕は東洋人の科学者ヨッシュ・ヤンノートという正体不明の人物である。科学者という身分自体を問い直す、このヤンノートとは、実は「磁力と重力の発見」の著者・山本義隆氏のことではないだろうか。著者と同年代で、東大物理学科随一の俊英とうたわれながら、東大全共闘の委員長として安田講堂を戦い、アカデミズムにも俗世間にも背を向けて去った、あの山本義隆氏である。だとすれば本書は、制度的科学のあり方自体を問い直す、メタサイエンティスト唐木田健一氏の真骨頂である、といえよう。
by Tomoichi_Sato | 2010-07-08 22:13 | 書評 | Comments(0)
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