“猫型プロジェクト”のマネジメント法

世の中のプロジェクトには二種類あることをご存じだろうか? プロジェクトといえば、最初にスコープをきちっと決めて計画を立て、プロジェクトマネージャが強力なリーダーシップを発揮し、チーム員をぐいぐい引っぱって進めていく・・・そんな風にすべきだとPMの教科書類には書いてあるし、私も参考書にそう書いてきた。そのために、EVMSだCPMだという技法もあるのだ、と。

たしかに、マスター・スケジュールも立てず、クリティカル・パスの何たるかも知らないでプロジェクトを始めるのは、海図も持たず舵取りの仕方も知らないまま船出をするようなものだ。これで無事に航海して目的地にたどりつけたら奇跡だろう。とはいえ、世の中には、そんな事例がいくらでもあるのも事実である(とくに某○○業界では・・)。

しかし、百戦錬磨のプロマネをもってしても、PMBOK Guideに書かれているような近代的技法の数々を適用しても、さっぱり成功しないプロジェクトというのも、実は存在する。スコープは不確定で、スケジュールは“可及的速やかに”とされており、予算の大枠は存在するが、細目を決めがたい・・・そんな種類のプロジェクトも、確かにある。たとえば、新しいカテゴリーの新製品を作るような仕事や、博覧会の展示パビリオンを作るような仕事がそれである。

ある米国のプロジェクトマネジメント・コンサルタントは、こうした種類のプロジェクトを“猫型プロジェクト”と呼んで区別することを提案している。PMBOK Guide風の伝統的なこわもての管理手法は、この種のプロジェクトには全く向かない、と言う。それは、猫に対して犬のしつけを強要するようなもので、相手はこちらの言うことを聞くどころか、そっぽを向いて去っていってしまう。

米国PMIが制定したPMBOK Guideは、どちらかというとスコープがかなり明確で、かつプロジェクトの内容が物量で規定されるようなタイプのプロジェクトを念頭に書いている。いってみれば一括請負型プロジェクトである。こうしたプロジェクトは、計画上の自由度が少ないが、管理対象の物量が多いため、計数管理手法と軍隊型のリーダーシップに向いている。これは“犬型プロジェクト”だ

しかし、猫型プロジェクトは性格が全く異なる。猫型プロジェクトは基本的に自由度が非常に大きいので、計画や予測より発明の要素が強い。白いキャンバスに絵を書くようなものだ。始めた時点では、どこにたどり着くか、プロマネを含めて誰もよく分からないのだ。ここには命令の原則は通用しない。猫は呼んでも来ないし命令も聞かない。自分の気ままな思いつきで行動する。どこに行くか分からない。猫のように気ままなのだ。

猫型プロジェクトの難しさは、自由度が大きい条件下で、発想をどう育てるかという難しさである。そこに必要な手法は、軍隊式チームワークではなく、思いつきを生み出すためのコミュニティ・マネジメントであるという。そして、そのための手法の一つとして、『ジャーナル』を発行することを進めている。英語のJournalはもともと、語源的には“日々の”というニュアンスがある。毎日起きることを、時系列的に、ないしは日誌的に編集したものがジャーナルの原型である。そして、こういう仕事に従事する人を「ジャーナリスト」とよぶ。

このコンサルタントの処方箋はつまり、プロジェクトの中で毎日起きている出来事やアイデアやインプットなどを、関わるチームの全員にできるだけ毎日、伝えて共有することを勧めているわけだ。まあ最近では、それに向いたTwitterだのSNSだのといった仕組みが発達している。こうした情報共有系を活用して、なるべく皆のベクトルを一つに合わせてシナジーを生み出すことがコツなのだろう。

PMBOK Guideは、プロジェクト・マネジメントの世界に標準的な概念やプロセスを確立したという意味では、まことに画期的なものである。その功績は誰も否定しない。しかし、PMBOK Guideには「プロジェクトの分類学」が欠けているという不満をずっと私は感じている。プロジェクトには大規模なものも小規模なものもあり、受託型のものも自発的なものもある。そして、スコープが明確でハードな「犬型」と、目標も曖昧模糊としたソフトな「猫型」がある。これらは、みな適したマネジメント手法が違うのである。

にもかかわらず、“誰にもフィットするワンサイズ衣料品”のような解を、PMBOK Guideは提供しようとする。そうしたソリューションがあるかのような信念ないし誤解をふりまいている。そして、読む側もみな、自分をその衣服の型紙に合わせようと、肩をすくめたり首を伸ばしたりしているのではないか。だが思い出してもらいたい。PMBOK Guideを'80年代の終わりに着手した人たちは、米国の防衛宇宙産業とエンジニアリング産業が中心だった。彼らのビジネスは、巨大で、複雑で、スコープが明確に定義されていて、請負型で遂行するタイプのプロジェクトだったのだ。そうしたバイアスは、伏流する地下水のように、あの『標準書』のあちこちににじみ出している。

多くのプロジェクトマネジメントの解説書は、どうもPMBOK Guide的プロジェクト観に偏りすぎていると、私は思う。プロジェクトの世界は多様なのだ。その多様さを、そのまま活かせるようなマネジメント力こそが、求められていると言うべきだろう。


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by Tomoichi_Sato | 2010-07-01 21:29 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)
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