安物買いの時間失い

QCD」は製造業の基本的目標だと言われている。これはいうまでもなく、Quality(品質)、 Cost(コスト)、Delivery(納期)の3つの尺度の頭文字である。高品質で低価格、かつ短納期な製品作りが、製造業の主要目標とされることに異論のある人は少ないと思われる。ちなみにプロジェクト・マネジメントの分野では、Quality-Cost-Timeの3つの制約を、Iron Triangle=「鉄の三角形」とも呼ぶ(QualityのかわりにScopeを入れることもあるが、プロジェクトでは品質を担保するための作業はすべてスコープに含めるからである)。

ところで、これら3つの目標尺度は、互いに独立に達成可能とは限らず、トレードオフの関係がしばしば生じる。たとえば高品質な製品を目指すためには購入部品や製造工程に余計なコストがかかる。逆にコストダウンを目指すとなると、安価な材料や短時間での加工仕上げなどに頼ることになる。その結果、品質は劣化する。

「安物買いの銭失い」という古くからある諺は、この間の事情を示しているわけだ。傘を買うとき、つい安価なものを買ってしまい、あっという間に骨が曲がって壊れてしまった--そんな経験をした人もいるだろう。「だって他のものの半値だったんだ」「そんなこと言ったって、また買わなきゃならないなら結局同じじゃない。それに傘って捨てるときすごく面倒なのよ!」・・こういう問答は、安物買いの陥る結果をよく示している。

ところで、コストも下げる、かつ必要な品質も守る、そう決めた時に、第3の要素であるDelivery(納期)とのトレードオフ関係が生まれてくることは、しばしば忘れられがちだ。極力コストダウンをはかろうとするあまり、余計な時間を消費してしまう。このことを私は「安物買いの時間失い」と呼ぶことにしている。

以前、欧米の石油メジャー顧客とのチーム・ビルディングのことを書いたが(「ぼくらに英語は分からない」参照)、その時かれらが真っ先に注意したのも、この問題だった。あのチーム・ビルディング・セッションでは、顧客とエンジニアリング会社の私たちが、互いに対する「期待」(expectation)をまず表明しあった。そのとき顧客側が第1条としてあげてきた文言が、"Don't sacrifice time for costs"であったことは今でも忘れない。彼らは、我々元請け業者が、資機材を安く購入しようとして、ベンダーと延々ネゴシエーションに時間を使い、納期を守れなくなることを何より危惧したのである。

残念ながらそれから1年後に、危惧の一部は思わぬ形で現実となった。複雑な機械を発注した欧州企業が、出荷前に倒産してしまったのである。プラント関連業界が不況のまっただ中にあった時期のことだ。仕方なくそのベンダーの設計図面や購入した部材を引き取って、別の日本企業に途中から作り直してもらう騒ぎになった。お金も余計にかかったが、何よりプロジェクト・スケジュール上のインパクトを抑えるために必死のリカバリーが要求された。

QCDの3要素のうち、コストは、どの企業でも原価管理で厳しくコントロールしている。品質も、品質管理部門が目を光らせているはずだ。ところが、困ったことに、たいていの企業では、スケジュールや納期を集中してウォッチしている部門が無い。工程管理のセクションはあるかもしれないが、それは普通、部材が工場に届き、製造段階に入ってからの現場コントロールが責任範囲である。外部からの購入部品・材料の納期は、資材調達部門が責任を持って見ることになる。設計から資材手配までの期間は、こんどは設計部門の管掌というのが普通だ。つまり、全体を通して見ている機能がないのである。

全体納期=設計期間+調達期間+製造期間、なんだから、それぞれの段階を各部が責任を持って見れば、それで十分じゃないか、との意見もあるかもしれない。これまでの製造業は、たいていそういう論理を無意識の前提として動いてきた。機能分業による縦割り組織では、そうせざるを得ないとの事情もあろう。

しかしその場合、、コストと納期のトレードオフ問題が起きたら、誰が意志決定をするのか。「設計コストを低く抑えるためには、一部の詳細図面作業を外注したいが、そうすると2週間ほど余計に時間がかかる」といったシチュエーションで、方向性を決めるのは誰なのか。そして、その時の判断基準は? 「中国から鋳物を買えば4割安いが、納期は1ヶ月近く長い」とき、製造工程で吸収しきれぬ遅延のリスクは、誰がかかえるのか? あるいは、既存ベンダーの発注価格が下がってこないので、海外の新規サプライヤーを探して価格交渉をしたいが、許される期間は何週間か、だれが決めるのか。

いつでもQCDをすべて最適に満たせる解があるとは限らない。もしトレードオフ問題が生じたら、その案件のQCDの全体像を知る人間しか、適切な判断はできないだろう。QとCを把握する部門はすでに一応ある。だとしたら、D(納期)情報を、どこかに一元化する仕組みが必要になるはずだ。とくに量産型工場でなく、個別性の高い多品種型受注生産の工場であればあるほど、そういう仕組みの必要性が高い。

複数の評価尺度にトレードオフ関係が生じた時、その間の優先順位を規定する基準のことを、ポリシーpolicyと呼ぶ。困ったことに、多くの企業では、このポリシーが明文化されておらず、あるいは状況に対応してポリシーを決定する人や役職も定まっていない。そこで、何となく“空気を読んで”暗黙の合意形成をはかるか、あるいはQ>C>Dというような一律のポリシーを無意識に適用することになっていしまう(ま、たいていはC≫Q>Dかな)。

D(納期)は、製造業における重要な非価格競争力の一つである。「コストダウン症候群」におちいりがちな日本企業が、“安物買いの時間失い”のジレンマに早く気づいて、適正でタイムリーな判断を都度、下せるようになることを願うばかりである。
by Tomoichi_Sato | 2010-06-27 15:06 | サプライチェーン | Comments(1)
Commented by たろう at 2010-06-27 17:26 x
INCSみたい。
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