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稼動率で管理してはいけない

エンジニアリング・プロジェクトの一環として工場計画を立案するとき、「稼働率最大」という目標を満たすように工場側から要求されることが、しばしばある。面白いことに、「稼働率を下げて仕事を楽にしてくれ」などとは決して言われない。つねに忙しくすることを求められるのだ(少なくとも日本では)。

生産スケジューリングを最適化問題としてとらえる場合にも、往々にして、この稼働率アップが目的関数にもぐり込んでくる。しかし、ここでもう一度私は、声を大にして言いたい。
「稼働率アップを目標にしてはいけない!」

そもそも工場の稼働率とは何だろうか。ごく単純に定式化するならば、“設備リソースの実稼働時間を、利用可能な時間総数で割って求められる比率”だ。

稼働率で管理する、とは、稼働率がいかに100%という限界に近づいているかで、工場のパフォーマンスを計る考え方である。機械設備の特性上、フル稼働に近ければ近いほどロスや不良率が下がり、生産効率が良くなるはずだ--これが稼働率管理の背景にある。また、前回の「もう一度、付加価値とは何か?」も書いたとおり、減価償却を時間ベースで生産原価に配賦する場合も、稼働率が上がればそれだけ製造原価が下がる勘定になる。

しかし、よく考えてみてほしい。もしも、同じ製品100個を2人の作業者が担当して、一人は1時間で首尾良く作り、他方は2時間かけて不手際に作った場合とで比べると、後者の方がその設備の稼働率が高くなるのだ。しかし、誰がどう見ても、前者の方が優れている。かりに残りの1時間は遊んでいたとしても、である。

さらに、稼働率計算にはワナがある。見込み生産で動いている業種では、工場がフル稼働して見かけ上は景気良く動いていても、実は製品在庫がどこか遠くの見えない倉庫に積み上がっていくだけ、という可能性がある。会社全体では、生産を売上につなげて初めて利潤が生じるのだから、稼働率による管理は工場だけの「局所最適化」になるおそれが高い。

TOC理論を学んだ方なら、ここで「工場のボトルネック工程での稼働率最大化ならば全体最適にマッチする」とおっしゃるかもしれない。いえいえ、必ずしも、しからず、です。TOCで求めるのはサプライチェーンのスループット最大化であり、それが工場のボトルネック工程での稼働率最大化にイコールとなるためには、さまざまな留保条件が付くことを忘れてはいけない。端的には、さきほどの100個の製品の例を考えてみればわかる。

それでは、無用な在庫が存在しないはずの完全受注生産や、在庫が理論的にありえないサービス業などの業態(典型的には受託開発のソフトウェア・ハウスなど)ならば、稼働率管理に意味が出てくるだろうか。

ここでも、答えはNOである。なぜならば、完全受注生産の業態においては、全体稼働率は仕事の受注量の従属関数にすぎないからだ。独立変数である受注量を見過ごしたまま、従属関数だけ向上させようとするのは、愚の骨頂である。その結果は、予算として与えられた作業時間のいたずらな消費、タイムシート上の「調整」(=嘘)、低能率の看過など、さまざまな望ましくない副作用をもたらす。

では、どうして「稼働率管理」が我が国でメジャーであり続けているのだろうか。それは、「高度成長期の見込生産の考え方」にフィットするからである。高度成長期の見込生産とは、すなわち、大量生産・薄利多売の論理である。そこでは、次のようなことが要請されてきた。

・工場は、大量・高速の生産ラインを持つほど、コストダウンがはかれる
・工場は、高価な製造設備の稼働率を最大限に高めるべきである
・工場は、省人化をはかり、労務費は極力抑えることが望ましい
・工場は、大量仕入れによって材料費単価を下げるべきである

・営業部門は、販売数量を上げ、市場シェアをとることを第一優先とすべきである
・営業部門は、したがって受注(売上)高を目標値とする
・営業部門は、販売機会のロスをなくすために、製品在庫をもち欠品を避けるべきである

まとめると、工場は「コスト」「稼働率」で、営業部門は「売上高」「サービス率」で管理すべきである・・・ということになる。だが、これは需要が旺盛で、つくればそれなりに売れた時代の思考法だ。需要が収縮して不況下の今日、大量生産・薄利多売が成功する分野は、かなり限られている。

にもかかわらず、会社の経営システムの根幹にある目標概念は、事業が変化しても無意識のうちに保存され、生き続けている。「特別な我が社」にも書いたことだが、今や日本の製造業が抱えている共通の問題点とは、『大量・見込み生産の体制を残したまま、多品種少量の受注生産に移行しようとしている』ことにあるのだ。

間違った評価尺度で生産組織を管理してはいけない。それは企業組織全体のあり方をゆがめてしまう。そして、稼働率管理はその最たるものの一つなのである。
by Tomoichi_Sato | 2010-06-09 22:48 | ビジネス | Comments(4)
Commented by uzuho at 2010-06-10 00:45 x
そうすると、望ましい評価基準は何なのでしょうか?次のエントリでは是非続きを読みたいです。
Commented by Tomoichi_Sato at 2010-06-13 16:57
よろしければ、「生産システムの性能を測る」(http://brevis.exblog.jp/8835177)をお読みください。
Commented by eis at 2010-07-03 01:53 x
佐藤様

私はIT業界SIerで活動しています。

プロジェクトに関わる人間は全て、目標稼働率が設定されています。
当然、100%です。
顧客へのサービス価格は、人間の単価と工数ではじき出されます。
すると、稼働率が低いと、儲けていない・会社の維持に必要な原価さえも稼いでいないとの目でひどく罵られます。

しかし、人の生産性、経験が浅いメンバーと匠とでは1,000%以上違うと思いますが、単価はよくて倍です。

佐藤様のおっしゃるとおり、サービス率で管理すべきですね。
しかし、管理能力がない・お金がない・面倒・などなどの理由で、難しいのかなと思っています。

この手の話はなぜか未来は暗いです。
Commented by Tomoichi_Sato at 2010-07-08 22:22
「稼働率100%」とは、自分の道具を研ぐ時間も許されない、という事を意味しています。そんな組織は、前に進めるはずがありません。こういう基本的な論理を、少なくとも現場で働く人間はみな理解しておく必要があると思います。
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