書評 「コストダウンが会社をダメにする」 本間峰一

コストダウンが会社をダメにする 本間峰一著

副題は「スループットで全体最適」。著者は、みずほ総合研究所(株)の主席コンサルタントである。金融系のシンクタンクだが、主に中堅企業の経営改善分野を得意としている。

「企業が生き残るためには徹底的なコストダウンに邁進するしかない」というのが、今日の日本企業における主要なテーゼである。そのためには、経費節減・給与カット・外注化・海外調達・海外生産等をどんどん進めるべし、さもなければ企業は不況のどん底で赤字にあえぐしかないだろう--そんな合意が産業界で成立しているかのようだ。

ところが、経営の指示の下、会社ぐるみでコストダウンに邁進した結果、儲かるどころかかえって減益になってしまう例が少なくない、と著者は言う。なにも、無理なコストダウンのための製品偽装、などといった違法行為の話ではない。適法な範囲で努力に励んだ結果、かえって業績が落ちてしまうのである。いったい何が起きているのか?

たとえば、「社内単価(時間賃率)と外注会社の見積単価を比べたら、外注の方が安かったから外注に出しました」という機械メーカーD社のケース。単純に考えれば合理的に見える。D社は工場を建てなおしたばかりなのだが、それまで工場内で行っていた機械加工の設備をなくして組み立て専門の工場とした。加工工程は外注の方が安かったからだ。しかしふたを開けてみると大幅赤字状態に陥ってしまったという。

なぜこうなったか。それは、社内単価(コスト)の計算に問題があるのだ。原価は会計部門が計算方式を決めるが、普通そこには人件費以外に間接費用・本社費用などの固定経費が『配賦』されて乗ってくる。これらは一種の仮のコストである。加工工程をやめても、その分は組立工程の直接労働時間に全部、再配賦されるだけで、どこかに消えて行きはしない。だから、社内単価を外部購入単価とは単純に比較できないのだ(計算のベースが違う)。だが、ライン部門の人は、いや経営者層でさえ、原価計算書のロジックまで突っ込んで理解せずに、数字だけで議論しがちだ。その結果、自社が加工で稼いでいた儲けの大部分を社外に出してしまう、といった間違った決断を下してしまうのである。

似たようなことは、ソフトウェア業界でもしばしば起こる、という。大手SI業者の人月単価は150万~200万円が珍しくない。しかし別にSEが高給を貰っているわけではなく、経営者管理職など膨大な間接要員の固定費が上乗せされているのだ。中小ソフトハウスは間接部門がほとんど無いので、人月単価はSEの給料に近づき、100万円以下になる。だからといって、大手業者が受注したプロジェクトの現業のほとんどを外注に回してしまったら、その会社が得る差額=付加価値額はひどく薄くなるに決まっている。そして、どの会社も、その付加価値額の中から、社員の給与や設備など固定費を支払っていくのである。付加価値が小さくなれば、赤字になるに決まっている。

どうしてこんな間違いが起こるのか。それは、「賃率」や「製造単価」といったコスト要素が、固定した値だと思うからだ。実はこれらコスト要素は、会社全体の仕事量の関数なのである。たとえば、減価償却費が年200万円の装置があるとしよう。工場がフル操業なら、年に2,000時間稼働する。つまり加工時間1時間あたり、1千円が製造単価に乗せられる。ところが工場が50%程度しか受注量がなかったら、どうなるか。実働1,000時間である。ということは、時間あたり2千円が原価に乗せられることになる。売れなければ売れないほど、原価が高くなる計算なのである。

だから、誤解を避けるためには、固定費は固定費である、という単純な原則を再認識する必要がある。賃率や単価といった変動費風の見かけに計算し直すから、誤解が生まれる。これを避けるための単純で切れ味の良い管理手法が、本書のいう「スループット」によるマネジメントなのである。

受注額(販売金額)から、外注費や材料購入費など外部に支払う費用を差し引いた金額を、「スループット」と呼ぶ。この用語は、TOC理論で有名なゴールドラット博士の提唱した用語だが、流通業で『粗利』、製造業では『粗付加価値』と呼ばれてきた指標とほぼ同等だ。だから、落ち着いて考えれば、特に目新しくもないし突飛な手法でもない。

にもかかわらず、コンサルタントとして提案をすると、大きな抵抗にあうことが多いと著者はいう。それは、残念ながら経営者やスタッフが、伝統的原価計算を頑固に無批判に信じ込み、木を見て森を見ない状態に陥っているからだ。「コストダウン」の語が、思考停止用語になっている。これを“値下げボケ”というらしい。こうして人件費の削減や、下請け企業に無理な価格を指し値することや、無理な海外生産がはやる。しかも、「コストダウンできるようになったから、これからは値引きして売れる」という営業戦略を展開するものだから、せっかく得たはずの利益も無くなってしまう。これが、昨今の電機業界で起きた現象だったのである。

スループット・マネジメントについては、これまで実務につかえる良い解説書がなかった。本書はその意味で、製造業のみならずサービス業や流通業などにも、とても参考になる。しかし、本書の一番面白いところは、最終章かもしれない。ここで著者は、GDP(国内総生産)とは、じつは「日本全体の付加価値総額」(つまりスループットの総和)になることを説明する。ということは、安易に海外生産に依存していくと、その分だけ日本のGDPは減少していくことを意味する。一部の企業が利益を出しても、日本全体の景況が沈滞していく理由はここにある。そこで著者は、スループット・マネジメントの立場から、日本全体のGDPを増やすための4つの処方箋を提案する。個別の企業経営のみならず、日本の経済全体について問題意識を持つすべての人にお勧めしたい良書である。
by Tomoichi_Sato | 2010-06-02 23:39 | 書評 | Comments(1)
Commented by 矢向 at 2010-07-11 16:43 x
お疲れ様です。
自分の仕事上も同じようなことがよく職場内で言われているので、気になって気になって買ってしまいました。
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