資格はユーザーのためにある

資格認定制度というのは、サービス業の品質保証のために存在しているはずだ、と前回書いた。そして、品質保証であるからには、何らかの研修・更新制度が組み込まれていなければならない、と。

今の情報処理技術者制度には、これが欠けている。私は、(今でこそ足を洗ったが)10年以上にわたり「プロジェクトマネージャ合格完全対策」などの受験参考書を編集・執筆してきた。だから、これら資格の有用性を広めたい立場の人間として、そのことを残念に思っている。そして事実、試験実施機関の統計資料で見ても、受験者数は斬減傾向にある。それでも毎年、多くの受験者があるが、それはあいにく、この資格が社会で通用しているからではない。企業のITエンジニア教育の一種の代替物として機能してきたからだ。

むろん、試験で得られる情報処理の資格というのは、勉強の結果を示すに過ぎない。まあ、言ってみれば「漢字検定」と同類だ。まして、技術革新の激しいITの世界で、研修・更新制度がなければ、それは品質保証の役にも立たない。お勉強が上手でした、ということの証明でしかないわけで、ほとんど大学の学歴のようなものだ。だとしたら、こんな資格を得ても、それが仕事を確保する助けになると期待する方がおかしいといえるだろう。

ところで、仕事の確保という点からみると、資格制度には2種類あることが分かる。資格を持っていなければ、業務に従事できないと法律で定められたもの(例:運転免許・医師・弁護士・会計士など)と、そうした強制力がないものの2種類である。情報処理技術者や中小企業診断士は後者の例である。

アドバイザリーおよび代行業の性格を持っている仕事は、もともと、法的な強制になじまない。当事者本人が自己責任で行える範囲であれば、第三者に頼る必要がないからだ。これは、医師などの仕事とは本質的にちがう。診断・処置・手術・投薬といった医療行為は、患者の代行ではない。本人ができないことをやっている。だからとうぜん資格は必須だろう。

つまり、一般に「コンサルタント資格」は、ユーザ(需要者)側の支持がなければ成立しないのである。資格とは誰のためのものか? それは、そのサービスを利用するユーザーのためのものなのだ。

税理士や不動産鑑定士などは、この需要者の支持があるから成立している。こうした固有技術や特殊知識を必要とする仕事は、法的規制がゆるくても、需要と供給の関係がバランスしている限り、資格認定の意義がある。

そのことは、アメリカでの資格のことを考えてみればよくわかる。国土が広く、人の流動性が高い移民の国アメリカでは、人材は基本的に『プッシュ型』ないし『モジュラー型』で育成供給される。言いかえれば、ビジネスで接触する相手は基本的に「どこの馬の骨」かわからないことが前提だ。だからこそ、各種の専門資格が、個人の信頼性の裏書きになるのである(企業の名刺で仕事ができる、どこかの社会とは大違いだ)。

こうしたアメリカのような社会では、資格が実質を保証しているかどうかを、ユーザー側が常に厳しくチェックしている。資格制度はサービスの品質保証だと書いたが、逆に、資格を持つ人たちの仕事の質によって、資格自体の意義が計られることを忘れてはならない。資格を持っている人間がまともな仕事をしなければ、その個人のみならず、資格自体の信頼性に疑問符がつくのだ。資格制度を支えるのは、決して『お上が与えた権威』などではなく、ユーザーの評価である。

日本の資格制度をめぐる議論では、しばしばこの点が忘れられているように思う。多くの人が、医師や弁護士などのような、ギルドにもとづく資格制度のイメージから、のがれ切れていない。そして、需要者側ではなく、供給者側の品質基準でものを考えたがる。行政も、あいかわらずサプライサイドに立った古い発想で、供給者の後押し政策ばかりを進める傾向がある。しかし、需要の無いところに、官が資格制度の権威付けをして供給をつくろう(儲けよう)とするのは愚かだ。資格周辺の教育市場で儲けようと鵜の目鷹の目でねらっている連中に格好の機会を提供するだけになってしまうだろう。

近年創設された「ITコーディネータ」などは、いちおう研修・更新制度はそなえている。しかし、それが実需に根ざして成立した資格であるのか、それとも需要を創造しようとして作り出されたものなのか、議論は分かれるだろう。むろん、良質の供給が需要を作り出すという場合だってある。しかし、そのためには、その資格を得た人間が、ひとしく品質の良い仕事をする必要がある。それが問われるのは、これからだ。

何もかも不足しているこの日本で、資格制度だけは有り余っている。もう、思想やパラダイムのない資格はいらない。
by Tomoichi_Sato | 2010-04-19 21:50 | ビジネス | Comments(1)
Commented by netpipeline at 2010-05-05 04:14 x
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