専門化と総合 - 組織戦略の二つの方法

もう10年以上前のことだが、SAP社の開催するユーザ・コンファレンス「SAPPHIREジャパン」が、横浜のみなとみらいで開催された時、マイケル・ポーター教授の講演を聴きにいったことがある。ご存じと思うが、ポーターは「競争優位戦略」とか「バリューチェーン」の概念提唱で有名な経営学者である。

その講演でポーター教授は、日本企業と韓国企業を、よく似た欠点を持つ、と言って叱った。わが国では昨今、官民を挙げて日本企業と韓国企業との優劣比較がお盛んだが、彼の目には、両者は共通に見えたのだ。

その共通の欠点とは何か。それは「総合」という名前の、切り捨て戦略の無さである--そう、ポーター教授は断じた。これが、両国企業の安定した成長を阻害しているのだ、と。

彼の主張を理解するためには、その前に少し知っておくべき事項がある。彼の学説の依って立つ根拠である。そもそもポーターは、経済学の若き俊英として出発した。彼の若き頃、経済学は完全自由市場における理論的性質について、さかんに研究していた。それによると、市場が完全競争の状態に近いほど市場成果が良くなる、と考えられている。つまり、売り手と買い手が多数存在し、参入が自由に行われ、取引される商品が均質で、取引主体が情報を完全に有している状態では、資源配分が「効率的」に行われることが証明される。経済学で「効率的」というのは、いいかえれば売り手(企業)が過剰な利益を占有できず、消費者に還元されている状態をいう。

経営学の研究分野に進出したポーターは、この証明を逆手にとって、考えた。企業が収益性を安定的に高めるためには、完全競争の市場を避ける必要がある。「効率的な」市場ではなく、あまり競争のない市場や、あるいは競争程度の低い状況を創出するべきである--彼はそう議論を進めた。逆転の発想である。

ポーターによると、市場の競争状態は、(1)新規参入、(2)代替品の脅威、(3)買い手の交渉力、(4)売り手の交渉力、(5)既存企業間の競争程度、によって規定される。そして、競争状態が分かると、その産業に属する企業の平均的な収益率が予測できる。さらに彼は、企業が競争優位な立場に立つための一般的戦略として、
・コストリーダーシップ戦略
・差別化戦略
・集中戦略
の3つをあげるのである。しかし、この話は「企業戦略論」の教科書や入門書にいくらでも書いてあるので、ここでは深入りしない。

こうした理論を説明するかわりに、ポーター教授は、見事な戦略を実行している企業の例を講演であげた。忘れもしない。そのとき彼があげたのは、IKEAと、Neutrogenaと、Southwest Airlinesであった。

IKEAについては、どんなビジネスモデルの企業か、すでに知っている人が多いだろう。ニュートロジーナは、無香料・無添加の石鹸で女性に知られた企業である。ニュートロジーナは肌に対する刺激がとても少ない。その特徴を、同社は、皮膚科の専門医にサンプル試供品を無料で配布する事によって、消費者に知らせた。肌荒れに悩む女性に、皮膚科の医師が“試しにしばらく使ってみたら”といって渡す。その効果を知った患者は、それをずっと使い続ける。こうして、ニュートロジーナ社は、ドラッグストアの店頭に山積みされる石鹸の安売り競争に巻き込まれることなく、自社の価格を維持し続けたのである。

Southwest航空を知っている日本人は少ないかもしれない。だが、巨大航空会社がひしめく米国航空産業において、同社は特別の地位を占めている。Southwestは、中小規模の都市を結んで飛んでいる。大都市では、わざわざサブの小さな空港に就航する。日本でたとえていえば、千歳空港ではなく札幌丘珠空港に飛んでいるようなものだ。

Southwestは、原則として手荷物だけで、スーツケースなどの荷物預かり(check-in)サービスをしない。そのおかげで、旅客はすっと空港に行って、すっと乗り降りできる。また飛行機も定時に離発着できる。機が遅れたり、時間変更したりするときの最大の問題が、あずけた荷物だからである。

Southwestはまた、どこの路線でも、極力同じ種類・同じサイズの機体を運行する。路線によってジャンボを飛ばしたり747にしたりといった使い分けをしない。これは、機体のメンテナンスや、いざというときの機体繰りを簡単にするためである。

こうしてSouthwestは、顧客満足を確保しながら、できるかぎり他の航空会社との競争に巻き込まれないようにしてきた。だから同社だけは、長い間安定して利益を稼ぎ続ける事ができたのだ。収益を上げたければ、価格競争は避けろ。誰もが参入する、利幅の薄いムダな事業は捨てて、集中しろ。競争を避けるところに、競争戦略はある。これが、ポーター教授の説明であった。

ひるがえって、日韓の企業はどうか。この二つの国では、企業が大きくなればなるほど、「総合」と称していろいろな市場に手を広げる。その結果、どこに特色がありどんな哲学があるのか不明な大企業ばかりになっていく。何も捨てない。「何かを選ぶとは、それ以外のすべてを捨てる事だ」とポーターはいう。したがって、何も捨てない企業には、何の戦略もないのだ、と彼は断定する。

彼の講演を聴いた帰り道、歩きながら考えた。たしかに指摘は当たってる。○○建設とか、○○重工とか、○○電子、○○製作所といった企業名(空欄は好きな漢字やハングルで埋めてください)を想起させる。そして、くやしいことに、自分の勤務先も『総合エンジニアリング』を標榜しているのだった。

捨てる事には、勇気がいる。撤退には、事実とてもエネルギーがかかる。だから、難しい。とはいえ、何にでも手を出したがる「総合」志向は、また同時に、捨てられない、賭をできない、リスクをテークできない「三ない」思考でもある。戦略や仮説をもてない。したがって、「決めない人々」で社内はあふれかえる事になる。総合企業が沢山ある社会では、皆が同じ事業に参入したがる。だから必然的に過当競争に向かっていく。

もちろんアメリカにだって総合巨大企業は沢山あり、大儲けしたり大損したりしている。そんなことはポーターも百も承知だ。だが、彼はたぶんSouthwestのような、ビジネスモデルの設計思想が明確で、はっきりした戦略に賭けるタイプの企業が好きなのだろう。設計思想とは見切りだ、と以前このサイトにも書いた。何もかも製品に詰め込む事はできない。だから、何を取って何を捨てるかが、設計の思想なのだ。

ポーターの論理に従うと、必然的に組織は専門化の方向に向かう。何でもできる、何でもやりたがる総合化の組織ではなく、これだけしかしない、これだけは誰にも負けない、そういう組織に。そして、そういう個別機能に特化した組織がモジュールのように組み合わさって、新しい全体性を持ちうるというのが、この論理の先に待ち構えている組織アーキテクチャーだということになる。

こうして、専門化と総合という二つの方法は、「プッシュとプルというサプライチェーンの二つの方法」や、「モジュラーとすり合わせ(インテグラル)という、製品アーキテクチャーの二つの方法」につながっていく。だが、いつものくせで、長くなりすぎたようだ。この話の続きは、稿をあらためて、また書こう。
by Tomoichi_Sato | 2010-04-06 22:51 | ビジネス | Comments(0)
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