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モノサシを疑え

企業の最終的ゴールはお金をたくさん儲けることだ。入社式で新入社員に美辞麗句をならべて何を訓示したにせよ、経営者はみな内心そう思っている。“そのために諸君の若い力が必要なのだ、頑張って欲しい”、と。

頑張ることの意義を、疑う人は少ない。この国では、自分の属する組織や場のために頑張ることは美しいと思われている。そうでなければ、なぜあんなに高校野球が好きなのか。若者は素晴らしい、なぜならつねに一生懸命だから、というわけだ。

では、会社で頑張るとはどういうことか。お金儲けという目標のために、組織が全力を尽くすこと。それはすなわち、各人がおのおのの持ち場で最大限の努力をはらうことだ。そのために、各部門で目標となるモノサシが与えられている。利益とはすなわち売上マイナス原価である。したがって、営業は売上の増大をはかり、工場は製造原価を低減しろ、と求められる。物流部門は物流コストを低減しろ。調達部門は安価なサプライヤーから買え。あるいは安価な外注先に製造委託しろ。設計部門は新製品投入までの時間を極力短くしろ。IT部門は運用保守コストを削減しろ・・・。

各部門に利益最大化のための尺度が与えられ、期間ごとの成果がもとめられる水準に達したかどうかで、人事評価や部門評価が決められる。こうして、すべての部門が『頑張る』ことを求められる。

その結果、何が起こったか。

営業部門はシェア拡大のために、低価格競争に走った。工場は生産効率を求めて、設備能力の許す限り大ロットで生産した。人員削減のためにロボットや高価な自動化設備を導入し、機械の稼働率を最大限に上げるようスケジューリングした。調達部門は下請けを限界までたたいてJIT納品を強制し、それでも足りないと、安価なメーカーを求めて中国から海外調達に乗り出した。企画開発部はますます数多くの新製品を作りだし、手間のかかる詳細設計は廉価な協力会社やサプライヤーなど外部に投げるようになった。

物流部門は子会社化され、単価を切り下げられ、“物流で儲けてはいけない”とされた。それでも足りなければ、3PLに委託され、人員ごと移管された。情報システム部門もよく似た運命をたどった。ERPパッケージを入れ、アウトソースして間接人員削減をせまられた。人事部は成果主義を導入して、高齢社員から順に削減していった。

そのおかげで、企業の収益は上がり、日本経済は復活したか? --それは我々の知るとおりだ。

利益率を無視した拡販で、企業は体力を消耗した。工場には製品・半製品がうずたかく積み上がり、それなのに物流部門は欠品で悲鳴を上げている。作りやすいものばかりを大ロットで作った結果だ。需給が合わないので、生産計画担当部門は寝る間もなくなり、現場は度重なる指示変更や設計変更にうんざりしている。しかも中国ベンダーからの部品は通関でトラブって1ヶ月も来ない。

設計部門も丸投げのために技術が空洞化し始め、製造現場が作りにくい特注部品は増えるばかり。ベテランの熟練工を首にしたおかげで、品質レベルは下がる一方だ。労災も頻発するようになった。

ITで効率化どころか、摩訶不思議な社内ルールや例外処理で、せっかくのパッケージがカスタマイズの山となり、予算超過でプロジェクトが立ち往生している。

そして全員が全員、頑張ることに疲弊している。どこまで頑張っても、利益にも給料にもロクに反映されてこないからだ。設計も製造も間接部門も、いつ人員対象の削減になるかとおびえている。効率を上げれば人が余って首を切られる。しかし効率が悪ければ、部門全体が外注されてしまう。自分の足元を掘り崩す仕事に、熱中するのはむずかしい。

どうしてこうなってしまったのか。それは、企業全体の目標を、部分目標に分解可能だと、皆が信じていたからだ。そして皆が、自分自身にあてられた尺度で頑張ることの意義を、誰も疑わなかったからだ。

利益=売上-原価 だとしても、それを売上目標と原価目標に分解したら、なぜ売上と原価を、それぞれ独立にマネージ可能だと思うのか。新製品で売上を伸ばせば原価率は上がるし、少品種大量生産で製造原価を落とせば、多様な顧客ニーズを満たす売上は達成できまい。運動会の綱引きならば、一人でも力を抜けば全体の力が落ちる。しかし、販売と製造、設計と物流は足し算では動いていない。全体のダイナミクスは連動しており、頑張るべき部分と、手を抜いて様子だけ見ていればいい部分は、そのときどきで動的に移っていく。それを決めるのが戦略なのだ。なぜなら、(かつて引いた知人の言葉を借りれば)『戦略とは無駄な戦いを略くこと』だからだ。

各人がつねに持ち場で頑張れば良い結果を生む、という考え方は迷信だ。それは戦略の不在を意味している。頑張りという主観だけで人間を評価するのは間違いだ。それは各人から戦局を判断する力を奪っていく。部門を固定した尺度で動かすのは誤りだ。選ぶべき尺度を戦略によって変えなければ、組織のエネルギーは部門間のコンフリクトに消えてしまうだろう。

新入社員諸君。自分が自分自身の主人になって自由に考えたいか? だったら、まず自分にあてられているモノサシを疑おう。
by Tomoichi_Sato | 2010-04-02 22:56 | ビジネス | Comments(0)
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