流れ行く情報

いまから約160年前の6月、ペリー提督ひきいる黒船が浦賀沖に姿を現した。彼の主目的は、開国を要求する大統領の親書を幕府に手渡すことだった。そういう意味では、ペリーの航海の最大の任務は「情報の伝達」にあったと言ってよい。

しかし、日本に来航した艦隊4隻のうち、3隻が測量船だったことは、あまり知られていない。じつは艦隊のもう一つの大きな任務は、江戸湾そのほか沿岸の測量と海図作りだった。

なぜ海図か。それは、海図が軍事行動のときにもっとも重要な情報となるからだ。だから、ペリーのもう一つの目的は、「情報の収集・集積」だったとも言えよう。

そして彼らは当初の目的通り情報を把握すると、その後、お得意の砲艦外交を行なって、有無を言わさず東洋の島国を開国させてしまった(軍事的威圧を背景にして小国を動かす砲艦外交は、ほとんどアメリカの国是といっていい)。

それから約90年後、日本を占領した米軍は、日本全土の地表をくまなく撮影して膨大な航空機写真をとった。これも、重要な軍事情報だ。彼らが発明した「戦略的爆撃」と称する、非武装市民の効率的な殺戮のためには、どんな平凡な飛行機乗りでも、あるアベレージの攻撃能力をもたせなければならない(ここら辺の発想がいかにもアメリカ的なのだが)。そのためには、正確な写真という情報の集積と分析が必要だったのだ。

ところで、話は突然かわって日本企業のことになる。日本のビジネスマンは地球の果てまで、ありとあらゆる国々で商売を広げてきた、栄光の歴史を誇っている。それで、その結果得られた膨大な海外情報というのは、どこにどう集積されているのだろう? それは私たち国民の共有財産となっているのだろうか。せめて、各企業内では、それなりに共有され分析し尽くされているのだろうか。

おそらく、そうではあるまい。これは推測だが、日本の企業は、情報の伝達には巧みでも、情報の蓄積分析は各人の名人芸まかせ、というところがあまりに多い。言いかえるならば、フローの情報はうまくさばいても、ストックの情報は大切にしない。

日本の企業が情報システムを導入する最大の目的は、業務の効率化だ。そして、情報伝達のスピードアップ。この目的意識は、90年代後半からのインターネットの進展にともなって、いっそう情報の流通速度の側にシフトしてきた。電子メールの普及は、それまで企業内で閉じていた情報のやりとりを企業間まで広げることになった。

しかし、日本の企業が情報システムを導入するとき、情報のストックとフローを意識して区別し、その両者を活用しようとしている例は非常に少ないと、私は感じている。

念のため注記しておくが、情報のストックとフローとは、データベース屋がいうトランザクションとマスタ、ではない。あくまでも、利用形態のことを言うのだ。すべてのトランザクション・データがコンピュータのどこかにたまっていっても、それが二度と見向きもされなければ、それはフローの情報と呼ぶべきだ。

仕事の情報が、流れ行く雲のように切れぎれになって地平線の彼方に散ってしまっていいのだろうか。情報は、何のために電子化するのだろうか。ネットワークにのせると電話やFAX並みに速く届いて便利だから? ちがう。それではITの便益の半分以下しか使っていない。

蓄積し、検索し、分析できること。それがデータの力だ。データの力を最大限に活用してはじめて、ITの価値を100%使っていることになるのだ。だから、今の日本の社会は、まだ脳細胞の半分以下しか活用していないかもしれない。

アメリカ人たちが組織的に何かを行なうときには、情報を収集し蓄積し、多角的に分析して有効に利用していく。そのシステマティックやり方は、ほとんどアメリカの文化にビルト・インされた本能のようなものだ。そして、この点においては、日本とアメリカの差は絶望的なほど開いていて、この百数十年間のあいだに縮まった形跡がない。

あなたがアメリカのことを好きか嫌いか、彼らを見習うべきと思うかどうかは、知らない。しかし、情報技術のほとんどの要素は、米国で生まれ育ったことは覚えておいた方がいい。そうなるのは、それなりの必然性が、文化の中にあったからだ。もしもあなたが、日本の情報技術を素晴らしいものにしたいと希望を持っているならば、あなたの企業がストックの情報を共有し分析できるように、そのことに価値を認めるように、宣撫していくしか道はないだろう。
by Tomoichi_Sato | 2010-03-25 23:56 | ビジネス | Comments(0)
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