"Time is Money"

ほぼ同等の品物ならば、安い方を買う--たいていの人は、こういう経済原理で動いているはずだ。そう考えるから、メーカーは1円でも安い製品を売り出すために、懸命な努力を重ねつづける。より効率的な生産方式と工場設備、より安価な労働力、より廉価な部品・原材料を求めて・・・。そうした努力が、しかし結局、何をもたらしたか? 

最終製品メーカーが安価な部品を求めて海外生産・海外調達に急速にシフトしたため、国内の部品メーカーは追いつけずに、大きな打撃を被ることになった。国内製造業の空洞化現象である。今のところ、それでも最終組立ラインは日本国内に持っているメーカーがほとんどだが、それさえ次第に変わりつつある。大手自動車メーカーがタイ製のモデルを輸入販売したり、大手家電メーカーが中国製の液晶TVを国内販売しはじめたことは、そのはっきりした兆しの一つかもしれない。

しかし、本当にいつでも安い製品・部品を買うべきなのか? そうした問いを、立ち止まって考える人は、あまりいないようだ。実は、答えは「ノー」である。高い製品の方がいい場合があるのだ。いや、高品質・高価格、という詰まらぬ話をしているのではない。ほぼ同等な仕様でも、高い方が選ばれる場合があるのである。

世の中には客先の注文を受けて作るような商品、つまり個別受注生産の市場がある。大型の産業機械や建築・設備、情報システムなどがそれで、筆者の勤務先であるエンジニアリング会社の商売(プラントの設計・建設)も、その典型の一つである。こうした一品受注生産の業種では、買い手は「価格」以外に重要な評価項目を持っている。それは「納期」である。そしてしばしば、納期は価格以上に重要になる。

なぜ買い手にとって「納期」が重要か。それは、こうした品目が「生産財」であるからだ。買い手は、自分自身が何らかの生産行為をはじめるための必要条件として、こうした生産財を注文している。モノが早く納入され工場やシステムが完成すれば、それだけ自分は早く生産を開始できる。それは買い手自身の競争にとってきわめて重要な意味を持つ。ときに、いや、ほとんどしばしば、B2Bの生産財の世界では“どれだけ早く生産を開始できるか”の方が、“どれだけ安く生産設備を入手したか”よりも、マーケットの競争にうち勝つのに、大きな貢献をする。たとえ工場の建設費が1割高くても、他の競争相手よりも3ヶ月先に生産体制に入れれば、大きな利益を手にできる--こうした数字の比較は、生産にたずさわるプロジェクト経済分析を冷静に行なえば、明らかなことなのだ。

それにもかかわらず、ほとんどの生産財メーカーが安値競争のたたき合いで受注しようと必死になる。愚かなことではないか。他の競合相手と納期が同等だったら、むろん安い方が良いに決まっている。問題は、そんな価格の土俵に上がって仕事をとろうとする、営業戦略のあり方そのものにあるのだ。

もしも、戦略を「より安値」ではなく、「他より高くても良いから、劇的な短納期を」と設定し直すことができれば、ドラスティックな発想の転換ができる。生産財メーカーは、安価だが納期の不確実な海外資材調達より、品質が良好で確実に納期が早い日本のサプライヤーからモノを買う方が有利だ、と考えるようになるだろう。安値の労働力を求めて、むりやり詳細設計の作業を中国やインドに発注する必要がなくなることに、気づくだろう。コミュニケーションのスピードや正確さからいって、気心の知れた日本人同士、母国語でしゃべるのが一番いいに決まっている。面倒な契約文書も通関手続きもみんな不要だ。

そして、何よりも、他より高価格でモノを売れる。確実に利益を手にすることができる。タイム・イズ・マネー。解くべき問題は、いかに低価格、ではなく、どうすれば時間を買うことが出来るのか、になってくる。これはもう、ほとんどコペルニクス的な視野の転換をもたらすのである。

ところで、じつは消費財の世界でも、やはり“Time is Money”の原則が存在する。こちらは、商品の短納期ではなく、「いかに需要変動にすばやく追随するか」という課題である。そして、この種の“時間の悩み”には、APS(Advanced Planning & Scheduling)を用いた生産スケジューリングが最大の特効薬である・・これこそ私がずっと主張しつづけていることだ。

しかし、かりにAPSで工場内の手番が多少は速くなったとしても、部品調達に時間がかかっていたのでは何もならない。そして、「なぜ部品の手配がこんなに遅いんだ!?」「はい。安い部品を中国から調達しているので、しかたがないのです。」という問答が企業内で繰り返されているようでは、スピードなど絵空事だろう。サプライチェーン全体の機敏さをどう生み出すか、が鍵なのだ。

もう一度、繰り返そう。時間こそ収益の鍵である。そしてこの問題を解決できれば、1億2千万人が路頭に迷うのを、確実に防ぐことができるはずなのだ。
by Tomoichi_Sato | 2010-03-17 23:35 | サプライチェーン | Comments(0)
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