工場見学ほど面白いものはない - K歯車工業に学ぶ

埼玉県川口市という地名を聞いて、「キューポラのある街」などという言葉を思い浮かべるのはたぶん私よりもっと年長の、団塊の世代かその上の人たちだろう。キューポラというのは本来は丸屋根を指す言葉だが、転じて鉄を溶かす炉のことも指す。川口市は鋳物工業の街として高度成長期以前から長らく知られており、映画「キューポラのある街」もそれを舞台として昭和37年に製作された有名な作品である(私は未見だが)。もともと、荒川の砂が鋳物の型に適しているので、この地に鋳物工業と、その周辺業種が集まって栄えたらしい。

しかし今日、JR川口駅の前に立っても、オープンデッキの向こうにならぶのは商業施設と大型マンションだらけで、溶鉄炉の煙突など見る影もない。鋳物と言えば代表的な3Kの職場で、かつ大手企業があまりなく中小主体だ。人件費もそれなりにかかるから、バブル時代以降ほとんどの工場が立ち退き・移転・廃業したらしく、その跡地に集合住宅が建ち並ぶ現在の風景が出来上がったらしい。

しかし、川口のような「工業産地」から工業が全く無くなったかと言えば、そうではないのである。今日なお、先進的な工夫を凝らして頑張っている中堅・中小企業が、首都近郊のこの地で残っている。むしろ工夫のない企業が淘汰されて、優秀なところだけが残存者利益を享受している、というのに近いと、ある先輩コンサルタントは言っていた。

私の所属する『生産革新フォーラム』(通称「MIF研」)は中小企業診断士を中心とした研究会だが、年に2回の工場見学をずっと続けている点に特徴がある。都会で経営論だのシステム論だのの理屈だけを議論するより、具体的な工場を見学する方が、ずっと面白く勉強になるものだ。そのMIF研が見学先として今回選んだのが、川口市のK歯車工業であった。標準歯車を中心に製造する部品メーカーだが、標準と言っても分厚いカタログがあり、非常に多品種を作っている。従業員数約200名、年商数十億の、典型的な中堅中小である。そして、事実とても面白かった。

ちなみに、工場見学をしていると、人によって見るところが違うことに気づく。たとえば、工場見学の初心者は、たとえば自動溶接ロボットの動く工程だとか、整然と美しく広々した構内、あるいはコンベヤが連続して運び出す製品などに感心する。いわば、工場の目をひく付属品や印象を見ているのである。

ところが、工場見学の中級者は、別のところを見る。たとえば、NCマシンのラインと汎用機のブロックを分けてレイアウトしているな、とか、なぜ大型の自動切削機を2階においているのだろうか、といった点に注目する。建物の床には耐荷重(m2あたり500Kgとか1 ton等)という設計指標があり、これを大きくするには柱・梁を太くしたり補強を入れる必要があって、建築費が高くなる。だから重量のある機械装置はふつう1階におくのが工場計画論の定石なのだ。つまり、中級者は工場の構造に注目するのである。

そして、諸先輩の中でも上級者クラスの人を見ると、この工場は製造ロットサイズが大きすぎるんじゃないか、とか、構内は整然として見えるが通路脇に置いてある部品カゴに現品表がついていないな、といったことを指摘する。つまり、工場というシステムの動きと機能を見ているのである。だから、いろいろな人と一緒に見学に行くと勉強になる。

さて、K歯車工業の本社工場は、3階建てである(首都近郊にある日本の工場はどこでもそうだが、土地の制約があって平屋でなく多層階になる)。そして、面白いことに、2階にも重量のある機械を置いていた。案内していただいた社長は、建築費が上がることを承知の上で、そうしたと説明された。理由は、動線にある。大型歯車は1階で、小型歯車は2階で工程を完結できるようにしたという。おかげで、垂直搬送の物流がほとんど不要になっていた。

言うまでもないが、たいていの工場では、原材料の入荷と製品の出荷場は1階になる(トラックの到着口がそこにあるからだ)。そして組立や検査と言った軽量の作業は上層階に置かれがちだ。おかげで、保管→加工→組立→塗装→検査→出荷、という工程の間にかならず垂直物流が入り、レイアウトが複雑になってしまうばかりか、仕掛在庫が別の階から見えなくなって、どうしても工程間の同期がずれていく。K歯車工業はこれを避けて、わざわざフロア別のレイアウトにしたのである。多少の建築費の増大を飲んでも、これは賢明な決定だった。そして、こうした賢明な選択がそこここに見られるのである。

K歯車工業は、分厚い自社カタログの標準歯車の販売比率と、その標準品に多少の追加工を施したものの受注販売比率がほぼ同じだという。むろん、顧客の個別仕様による歯車も受注生産している。これは、創業者が「自社製品と受注生産とその他の商売の比率を3:3:3にしよう」と決めて以来の方針らしい(現在の社長は三代目)。言いかえれば、大量に生産できる自動車部品や家電部品の下請け生産は、あまりやっていないということだ。製造ロット数を聞いたら、追加工品は平均5個だという。非常に小ロットである。多品種少量生産の典型のようなものだ。

しかし、この方針のおかげで、大手メーカーの際限なき値引き交渉や、海外シフトによる下請け切りの被害を受けずに済んだのであろう。量産効果を望んで100%下請け生産に走らなかったのは、まことに賢明なことであった(むろん、これは日本の今日を知って振り返るからそういえるのであって、右肩上がりのイケイケどんどんの時代には、さぞ周囲から馬鹿にされただろう)。

この会社は、有名なJITコンサルタントに3年間指導を受けたという。そして、あれこれと勉強し、また悪戦苦闘もしたあげく、3年で「卒業」されたらしい。JITコンサルにもいろいろなタイプがいるが、はっきり言って下請けメーカー向けの現場改善は上手だが、工場の外側をも見通したサプライチェーンの感覚が乏しいケースが少なくないようだ。K歯車工業は、追加工品の小ロット飛び込み注文が多い。これが製造現場の手順をかき乱す要因になる。そこで、JITコンサル氏は「受注を受け付ける時間帯を制限しろ」と進言されたらしい。

しかし、社長は“飛び込み注文への対応こそ当社の競争力の源泉です”と主張して応じなかったとのことだ。こういう点が、しっかりした経営スタンスを感じさせるところだ。自社の競争力のあり場所を、良く認識している。「低コスト」でもなく、「技術力」一辺倒でもない。多品種とフレキシビリティが売り物で、だから他社よりも付加価値をつけて売れるのである。

当然、“中国製品や他の安価なアジア製品は脅威ではないのか”という質問もよくされるらしい。歯車(とくに精密な歯車)というのは、使ってみればその信頼性や安定性は分かる。それは加工精度だけでなく、使う金属素材自体の品質にもよっている。これらを含めて、日本製品はまだ、一日の長がある。

とはいえ、“使ってみないと、分からない人には分からない”のも事実だ。中国国内でも歯車工業の会社はいくらでもある。それどころか、「我が社は、アジアン・スタンダードの歯車は全部取りそろえて製造できる」と豪語した会社があったらしい。歯車のアジア標準って、何の事だ!? --そう疑って尋ねたら、「これがそうです」といって取りだしたのがなんとK社のカタログで、ご丁寧に社名のところだけ黒く塗りつぶして自社名にしている(笑)。「おまけに、近頃ではこういう事をするのが中国人ではなく日本人だったりする。情けないですよね。」と社長は語っていた。

ところで、見学した我々が一番感動したのは、実は工場現場ではなく、事務所の中だった。オフィスのデスクの引き出しに、姿置きをしているのである(写真)。

読者諸兄は「姿置き」をご存じだろうか。これは、製造現場などで、よく使う工具類を、整理するための工夫である。平置きの台の上に発泡スチロールの薄い板をしき、そこにニッパーやドライバーなど工具類の形のとおり切り込みを入れ、いつも同じ場所に置くようにする。使っている時はそこからとり、戻す時も、その位置に戻す。探す手間が無くなるし、あるかないか一目で分かる。工場の現場では、「5S」というスローガンの下、ブルーカラーの労働者に対して整理・整頓・清掃・清潔・しつけ(習慣化)を口を酸っぱくして説く。姿置きも「5S」の一つの手法である。

しかし、現場に5Sを命じるホワイトカラーの机と言えば、書類も文房具もごちゃごちゃで、どこに何があるのか当人も毎回探すような有様が珍しくない。K歯車工業はこれを正すために、オフィスでもペンやホッチキスなどの文房具の姿置きを実践しているのである。労働安全と環境整備は全社運動で、その責任者は事務部門にあり、ときどき社長にも机の中を見せてくれ、とチェックにやってくるのだという。まことに立派である。

この会社を見て、つくづく感じたことがある。それは、まともな経営をすれば、サステイナブルなビジネスを維持していける、という事実である。経済危機の影響を受けて、同社の売上も一時の6割程度まで落ち込んでいる。しかし、競争力のありかはしっかりしている。だから、経営は厳しくても維持できるのだろう。たしかに、大手の量産下請けをやらずに、標準歯車だけ売っていては、事業の急成長は見込めまい。でも、日本の製造業が再び回復し成長すれば、成長は、自然についてくる。それこそがサステイナブルな経営というものではないだろうか。
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by Tomoichi_Sato | 2010-03-07 22:34 | ビジネス | Comments(0)
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