超入門・問題解決力 - 問題とは何か、課題とはどう違うか

Kさん、おたより楽しく読ませていただきました。この混沌とした時世に、それでも何か光るブレイクスルーが(あるいは、お言葉を借りれば「ブレイクスルーの予感が」)感じられるのは、何より心強いことです。

確かに、私たちの生きている時代は、課題だらけです。日本は『経済一流、政治三流』などと威張っていられたのは過去のこと。お偉方の頭の中では、いまでも産業技術では世界トップと思われているのかもしれませんが、実務家の日々の仕事で見えてくる姿は、だいぶん擦り切れてくたびれかけた「超一流」、品質も技術も物流も販売も、困難をかかえて制度疲労しているように思えます。

それでも、日本の製造業を訪問するたびに感じるのは、そこに働く人たちの優秀さと誠実さでしょう。この底力をうまく活かせれば、まだいろいろな可能性があるのだなと、御社のチャレンジを見て思います。ただ、そこでいつも障害となるのは、組織のマネジメント力の弱さ、意志決定の遅さ、そしてKさんのおっしゃる「問題解決力」の不足でしょう。

これは、縦割りの機能型組織だけで業務を回してきた製造業が、新しいことに挑戦する時に、典型的に現れるようです。各人、持ち場で最善を尽くす--それは得意です。しかし複数部門にまたがる課題が発生した時は、それを解決できないまま、「様子見」と「判断の先送り」だけで時間を浪費してしまう。Kさんが、新サービスの上市期間(Time to Market)について、アジアのライバル企業に先を越されないかと心配されている理由は、この点にあると思います。

それを乗り越えるために、「課題管理表」をつくり、関係者間で共有されるというアイデアには、私も賛成です。解決しなければならない項目をはっきりさせて、皆で共通認識すること。そして解決のオーナーシップ(つまり担当者)を決めて、期待すべき解決の期日を設定し、対策と最新状況を表に書くこと。これはまさにプロジェクト・マネジメントの第一歩であり、機能型組織の壁を越えたクロス・ファンクショナルな取り組みの開始だとも言えるでしょう。

ただ--Kさんには「またか」と言われそうですが--私には一点、気になることがあります。Kさんは「問題」と表現されたり「課題」とおっしゃったりしておられますが、課題と問題はどこが違うか、ご存じですか? この二つは、違うのです。なので、課題解決と問題解決には、別の方法が必要なのです。

「問題とは何か」--まあ、こんな変な問題を言い出すのは、私ぐらいかもしれません(笑)。課題とは問題を、ちょっとかっこつけて言い直しただけだ。現場で「問題」と泥くさく呼ぶことを、役員会議室の中では「課題」と称する。そんな風に思っている人も、多いと想像します。ですが、試しに英語でどういうか、考えてみてください。問題は"issue"とか、"problem"ですよね。では、課題は? "assignment"とか"challenge"、ないし"task"になるでしょう。「解決する」はsolveとかresolveですが、課題解決を"assignment solutions"とは、まず言いません(これではまるで数学の宿題の解答みたいです)。

課題とは、能動的なものです。“あるべき姿”を思い描いて、現実をそこに向かって変えていくためのポイント--これが課題です。コンサルタント風の言い方をすると、"To-be"と"As-is"の間のギャップを詰めていく作業が「課題」なのですね。これを解決するためには、まず“あるべき理想像”を明らかにしなければなりません。つまり非常に意識的で自覚した活動だ、ということがお分かりいただけると思います。

ところが、「問題」は違います。問題とは、(意識的にであれ無意識であれ)“期待していた状況”と、現実の状況のギャップを指します。「今期の売上げが問題だ」という時、それは「今期の売上げは期待していたほどは上がりそうもない」という悩みを指すわけです。客先が品質にクレームしてきた--これは、“客先はクレームしない”という無意識の期待、当然こうだろうという「思い込み」がつくり出した問題なのです。

ということは、どうなるでしょうか。問題は、外から割り込んでくる障害で、受動的なものだと皆が考えている。しかし、本当は、無意識に持っていた「期待の質」がつくり出したものなのです。だから、一つつぶしても、きっとまた別の問題が浮かび上がってきます。なぜなら、「期待の質」が変わっていないからです。そして、最も困る期待とは、「何も変化しないはずだ」という期待なのです。

日本が一人あたり GDPで中国に抜かれるのが問題だ、と言う人は、無意識に、日本は当然2位であり続けるはずだ、と信じている。どうしてそう信じられるのか、私には分かりません。それよりは、日本で雇用が十分生まれるには、どの程度のDGPで「あるべき」なのかを考えた方が、生産的なように思えます。失業問題は、たしかに「問題」です。まともな人は、まともに暮らせるべきだ、というのは当然の期待ですから。

Kさん。『問題解決力』に類する本は、書店に行って企画広告やビジネス書のコーナーにいけば、いくらでも見つかります。私は、そこに書いてあるような手法論を、いまさらご説明しようとは思いません。問題解決に本当に必要なのは、どのような視点・視野から問題を設定したのか、というスタンスです。たいていの場合、問題設定のスタンス自体を間違えている。

典型的な例が、トレードオフに関連する問題です。在庫は減らしたい。でもリードタイムは短縮したい。二つの漠然とした期待があるが、その間にトレードオフが生じているのです。こういう時、部門の都合でどちらかの問題だけを「解決」するのは簡単です。でも、もしかしたら、部品消費量を見直すサイクルを半期から月単位に短縮する、ということが「あるべき姿」なのかもしれません。だとしたら、目の前の問題解決は、ちっとも課題解決に近づいていないのです。

優秀な人ほど、自分の得意とする技術領域に持ち込んで「問題」を解決しようとする傾向があります。製造コストが問題だというと、機械屋は設計で、システム屋はソフトウェアで、物流マンはマテハンで解決したがる。しかし、本当に製造コストが問題なのか? 製造コストが低ければ販売競争に勝てるはずという、無意識の期待の方がまちがっていないのか? あるべき姿は、本当は何なのか--そのための課題を、最初にきちんと設定していたのか・・・

問題は生まれてくるもの。課題は生み出すものです。Kさんの課題管理表は現在のところ、英語で言えばIssue Tracking List(問題管理表)にとどまっているようです。これが真の意味の「課題管理表」になって、取り組まれている新サービスが一日も早く市場に出てこられることを心から「期待」しております。
by Tomoichi_Sato | 2010-02-21 19:12 | 考えるヒント | Comments(0)
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