アーンドバリュー・マネジメント・システム(EVMS)の落とし穴

最近、IT業界のみならず製造業でもプロジェクト・マネジメントに新たな関心が集まっている。米国PMIの旗振りで、日本でもPMP(Project Management Professional)の資格試験が行なわれるようになったことが一つの要因だろう。が、おそらく製造業の製品ライフサイクルが短くなって、プロジェクトの概念を持ち込まないと製品開発から製造販売までのプロセスをスピーディに回せなくなってきたことが、大きな原因ではないか。

そのプロジェクト・マネジメントの分野では、このところアーンドバリュー・マネジメント・システム(EVMS)の手法が急速に浸透してきているようである。コストとスケジュールの両方を一度に予実管理できる手法として、注目を集めているし、資格試験などでもちょうど知識を問いやすい部分でもある。

EVMSでは、以下の三つの指標を用いて、コストとスケジュールを計測する:
(1) PV = Planned Value (以前の用語ではBCWS = Budgeted Cost of Work Scheduled)
(2) AC = Actual Cost (ないしACWP = Actual Cost of Work Performed)
(3) EV = Earned Value (ないしBCWP = Budgeted Cost of Work Performed)

目新しいのは、(3)のEV(ないしBCWP)である。(1)のPCと(2)のACは自明の指標であり、従来はこの二つだけで予実管理をしていた。しかしプロジェクトの進行途中で、PV < ACという集計結果が出ても、それがコスト超過を示しているのか、それとも予想以上に作業が進捗しているためなのか、判別できないという問題があった。そこにEVを持ち込むと、ここまでの進捗ではこれだけの費用が見込まれていたはずだった、という数字が判るので、コスト変動と進捗偏差を区別することができ、結果を正しく分析できるようになるのである。

アーンドバリューによる分析は、このように素晴らしい手法である。が、同時に重大な問題点をかかえていることは、必ずしも認識されていないように思う。問題点は、私の見るところ、大きく三つある。

まず第一に、予算 Budget が明確なプロジェクトでなければ利用できないこと。これは自明のようだが、たしかに制約である。スコープが契約で明確に規定された『XXシステム構築プロジェクト』を、一括請負で率いているときは、EVに何の曇りもない。しかし、あなたが仮に製薬会社の研究所で、これから何年かかるか判らない新薬開発プロジェクトをやっているとしたら。あるいは、本社で『意識改革プロジェクト』なる漠然としたテーマを総務本部長から与えられたら、どうだろうか? 

世の中のほとんどのプロジェクトは、最初はスコープを規定するフェーズからスタートする。そして、このフェーズだけで数ヶ月も、へたをすれば1年以上もかかるのである。この間ずっと、EVMSは進捗報告に、無力だ。

第二の問題点は、もっとずっと深刻である。EVMSでは、全てのタスク(アクティビティ)にコストを配布してそれを積算する。その結果、クリティカル・パス上に乗っているタスクも、そうでない雑多なタスクも、すべてコスト配分の重みで評価される。したがって、クリティカル・パスが遅れていても、他の多数のタスクが予定よりも進行していれば、プロジェクト全体は滞りなく進んでいるかのように見えるのである。重大なスケジュールのリスクを見逃しかねないのだ。

いや、そればかりか、請負業者の場合は、この性質を逆に利用して、顧客へのレポートを粉飾することができる訳だ。プロジェクト全体は遅れているのに、どうでもいいアクティビティだけを急がせて、進捗率を稼ぐことができてしまう・・・

最後の問題点は、EVMSではマイルストーンに重みを賦課するのが難しいことだ。進捗はタスクの出費だけで評価される。だが、それのどこが問題なのか?

それは、たとえば「基本設計完了」というマイルストーンを考えてみればわかる。プロジェクトマネージャにとって、基本設計をユーザと開発チームとが承認することは、きわめて大きな意味を持つ。これによって、今後の不確定性とリスクをかなり減少できるのだ。心理的には、25%とか30%の達成感がある。

しかし、大きなプロジェクトになればなるほど、それ以降の構築/製造フェーズでの費用割合が大きくなる。相対的に、基本設計段階でのBudgeted Costは25%どころか、ずっと小さな比率しか持てなくなってしまう。基本設計完了で、進捗が7%だとか言われて、あなたは満足だろうか?

どうしてこのような不合理が生まれるのか。それは、皮肉なことに、アーンドバリューがコストしか計っていないからである。実は、全てのタスクは、コスト(原価)とは別に、それがもたらすバリュー(価値)を持っている。ふつう、設計は大きな付加価値の源泉である。同時に、基本設計の完成は、プロジェクトが難しいリスクを一つ乗り越えたことを意味している。だから、基本設計のバリューは、そのコストに比べてずっと大きいのだ。そして、だからこそ、人はそこに大きなマイルストーンを認めるのだ。

EVMSをこれから導入しようという人は、これらの問題点を十分理解した上で、賢明な使用法を見いだされるよう望みたい。
by Tomoichi_Sato | 2010-02-17 23:21 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)
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