先週の1月30日、日本プロジェクトマネジメント協会(PMAJ)の『新春セミナー』に招かれ、パネル・ディスカッションに参加した。「プロジェクトマネジメント最前線の状況と近未来」という、自分にとっては大きすぎるテーマでのパネルだったが、一応好評のうちに終えられたと思う。他のパネラー(Panasonic、竹中工務店、富士通など)の方の発表力に負うところも大きかったのだろう。
パネルでは幾人の方から興味深い質問をいただいた。その一つは、「今後、日本のPMはグローバル化が必須だろうが、10年後の成功をかちえるためにこの2、3年でしておくべき課題は何だと思うか」という問いかけだった。こんな問いには他に適任がおられるだろうが、海外売上比率90%以上のエンジニアリング会社勤務だから、私にお鉢が回ってきたのだろう。とっさに思いついた答えはこんなものだった: 「語学力の問題は、心配していません。これは各個人の努力でどうにでもなる問題です。海外ジョブでは異文化摩擦の問題も生じるでしょうが、それもいくつか経験すれば慣れると思います。私が気になるのは、そのもっと奥にある問題、つまり企業対企業の、責任範囲とか権利義務関係とか、そういった事柄に対する感覚・慣習の違いに、マネジメント層が気づいていないらしい点です。これは最近いくつかの企業の例を見聞きして感じたことで、あるいは思い過ごしかもしれませんが。 海外プロジェクトにおける企業間の界面は、いわば透明だが硬い樹脂でできている、『ハードな界面』みたいなものです。これに対して、日本国内の企業間は、半透明で柔らかい『すり合わせ型の界面』で、お互いに長いつきあいと、多少の貸し借りやナニワ節の通じるウェットな関係です。これに慣れた者が、互いを峻別する透明でハードな界面に気づかず正面からぶつかってしまうと、壁に投げられた卵みたいにつぶれやすい。そこで、自分を守るための法務・商務を含めたマネジメント・テクノロジーが必要になってきます(また、ハードな界面は同時に自分を守る盾にもなります)。 これは“リスク・マネジメント”の一部だと言えば言えるのでしょうが、自分が知らないこと、「無知」や「未知」へは対処する方法がありません。日本は'90年代一杯までは輸出型で強い立場でしたが、これからは外需中心で受注型海外ビジネスがメインになってくるはずです。だとしたら、この2、3年のうちに、異質な界面を意識してきちんと仕掛けを作り上げる必要があります。これさえうまくやれば、日本企業は基本的にポテンシャルがありますから、十分海外でも成功できると思います。」--というようなお答えをしたと記憶している。 もう一つ海外プロジェクトに関連して出てきた質問は、(まあ昨今の時勢から見て当然の問題意識だろうが)「韓国企業や中国企業との競合はどの業界でも厳しさを増しているが、彼らの強みは何だと思うか?」との問いだった。私自身は、中国企業とはオフショア開発の形でつき合ったことがあるが、韓国企業とは一緒にやった経験がない。だから、自分の見聞きした範囲内で想像すると、という断りつきでこう申し上げた: 「韓国企業と我々とどこが違うのかは私も十分は承知していない。ウォン安円高のせいで彼らに価格競争力があるのだ、という意見があるが、もはやエンジニア・クラスでは時間単価にはほとんど違いがない(韓国の方が高かったりする)。だから、これは説明になっていないと思う。 もしどこかに差があるとすれば、それは“決断に要する時間が短い”ということかもしれない。彼らは我々より、物事を決めるスピードが速いように見受けられる。少し前に、中国系アメリカ人のコンサルタントに言われた言葉が、『日本企業はStep decisionができない』だった。つまり、すぱっと決断できない。ぐずぐず、ゆっくりとしか変われない。 リスク・マネジメントという概念は普及したが、いつの間にかそれは時間をかけてリスクを回避するためだけの方法論になっていて、リスク・テークするためのリスク・マネジメントはされていないように感じられる。そこが心配な点だ。」--と、こんな感じでお答えした。 なお、あえて話題には出さなかったが、昨年12月に、中東アブダビで2兆円を超す原子力発電所の競争入札があり、韓国勢が日米企業群やフランス勢をおさえて勝利したばかりだった。これを見れば、韓国企業は数年以内にかなり先端的な技術力・マネジメント力でも肩を並べてくるだろう。エンジニア・クラスの「能力」だけではもう差がつかなくなるのは必定である。 これに対して、中国企業は、まだプロジェクト・マネジメントの組織的能力の点で差があるように感じられる。個人個人の力量は、とくに優秀なクラスの技術者は、大したものだ(そして優秀な人材がまたいくらでもいるのである)。しかし、各人が自分のテリトリーの中だけで最大限、力を発揮しても、縦横がきちんとあっていなければプロジェクトは成立しない。この点が、『砂の民』と揶揄される中国人にとっての課題なのかもしれない。 とはいえ、今日、中国でプロジェクト・マネジメントの学科や専攻科を持つ大学・大学院は110校以上ある。これに対し、日本ではいまだわずか1大学のみ(千葉工業大学)である。このままでは、中国にも追いつき追い越される可能性がある。もっと日本の大学にも頑張ってもらいたいところである。 最後に、マトリクス型組織と人材育成に関する質問があった。ジェネラリストとしてのプロジェクト人材をどう育てるか、またそのモチベーションは、という問いかけである。プロジェクトに関する組織形態には、ファンクショナル組織・タスクフォース組織・マトリクス型組織の3種類があるのはよく知られている。エンジニアリング会社はそのうち、「強いマトリクス型組織」をとっている数少ない業界の一つであるから、こうした質問になったのだろう。質問された方は製造業系のIT企業だったので、こんな風にお答えした: 「強いマトリクス型組織というのは、固有技術を専門とした機能部門と、管理技術を主体としたプロジェクト部門という二つの柱を持っています。そして後者の部門は、プロマネ見習い・兼・雑用係であるところの『プロジェクト・エンジニア』という職種の人で成り立っています。彼らはジェネラリストですが、固有技術を全く知らない者が管理だけできるわけはない。だから、必ず一度は設計なり現場なり機能部門にローテーションして、専門性を磨くキャリア・パスを考えます。 それでも、プロジェクト・エンジニア全員がプロマネになれる訳でもありません。だから今、我々はプロジェクト・マネジメントという業務をもう少しWork Breakdownして、コスト・エンジニアリングだとかスケジュール・コントロールといった専門機能に分解し、それぞれ専門家を育成することも取り組んでいます。 そもそもマトリクス型組織は、理想的な点ばかりではありません。一人の人間に上司とプロマネの“二人のボス”ができてしまう。この二人が同じ意見ならokですが、見解が食い違ったら目も当てられません。そのとき、どちらの指示に従うか。私の勤務先をはじめ、エンジ会社というのはだいたい、『プロジェクトに最終的な責任を持つのはプロマネだから、その指示に従う』という風に行動します。自分の意見がプロマネと違っていたら、一応主張はするでしょう。しかしプロマネが「俺が責任とるから、右を向け」と言ったら、とにかく右を向く。これが基本的な態度です。 そういう意味では、私はプロジェクトを方向付け、成り立たせていく上で、従う側の『フォロアーシップ』が非常に大切だと思っています。よく、プロマネの『リーダーシップ』ばかりが強調されるきらいがありますが、私は『フォロアーシップ』との両輪がそろわないと、プロジェクト組織としては機能しないと思っています。製造業では一般に、機能部門長が非常に強い権限を持ちます。その中で『フォロアーシップ』をどう確保するかが、カギになるのではないでしょうか」--とまあ、言葉はこんなに流暢ではなかったかもしれないが、お話ししたように思う。 こう書くと私一人がしゃべっていたみたいに聞こえるが、各講演者とも非常に面白いお話が聞けて、その後の懇親会でもずいぶん勉強させていただいた。こうした業種を超えたイベントを持ち得ることこそ、日本のPMの世界の一番の強みなのかもしれない。
by Tomoichi_Sato
| 2010-02-03 00:20
| プロジェクト・マネジメント
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Comments(1)
Commented
by
ながの
at 2010-02-03 01:54
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団塊の世代のひとたちっていかに海外のルールに自分をあわせるかということだけに目が向いていて、どうやったら海外の人たちが自分たちのルールに従うようになるのかということを考えないようなきがします。
そのようなメンタリティはどこから生まれているのでしょうか。
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