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時間のムダとり--スケジュールのサバを切り捨てる

締切(納期)のある仕事をする時には、できるだけ早く着手するべきか、あるいはぎりぎり間に合うタイミング(ジャスト・イン・タイム)に着手するのが正しいのか。その答えは、スケジューリングが何を主目標とするかによって違う、と前回書いた。もし顧客が納期遅れを嫌うのみならず、予定より早く納品されることも好まないような場合、あるいは、自社内の仕掛在庫や作りすぎのムダを極小化したい場合は、ギリギリのタイミングで作るのが正しい。しかし、早く出荷すればするほど競争に有利な場合や、成果物が情報のように保管場所をとらず材料の仕入れも無い場合などは、最早着手が望ましい、ということになる。つまり、ケース・バイ・ケースなのである。

「正しい答えはどれか?」という問いをビジネスで出された場合、あわてて答えを出さずに、まず、“正しいとは、誰にとって(あるいは、どのモノサシにとって)の話だろうか?”と逆に自問すべきである。私たちは学校時代から「正解はどれですか」という出題に慣れすぎている。正解がただ一つだけあると、みな思い込みがちだ。だが、ふつうの社会には、望ましい答えが場面に応じて複数ある。なぜなら、企業活動はさまざまなトレードオフ関係で満ちているからだ。「短期的利益 vs. 長期的安定性」はその一例だし、「在庫低減・対・リードタイム短縮」もそうだ。いや、複雑な協働システムでは、トレードオフが本質的に付随すると言ってもいい。隠れたトレードオフを見抜けるかどうかが、マネジメントの能力として問われている。

そうしたトレードオフを見逃す危険性は、「納期設定」という行為自身にも内在している。他者に早く仕事をしてもらうためには、納期を示して合意する必要がある。しかし、いったん納期の合意ができてしまうと、その相手は納期に間に合うようにギリギリまで着手しないようになる。納期より前に完了する可能性は逆に減ってしまう。これを『学生シンドローム』と呼ぶわけである。だからといって、納期無しで仕事を依頼したら、いつまでたっても完了しない可能性がでてくるだろう。

学生シンドロームが生じるのは、(スケジューリング理論の用語でいうと)フロート日数を持つアクティビティに限られる、とも前回書いた。フロートとは余裕日数のことである。納期マイナス作業期間、と考えても良い。しかし、正確にいうと、もう一つのケースがある。それは、作業期間自体に余裕が隠されている場合である。「サバを読む」と俗に言うが、合意された賞味作業期間の中に、サバ(ムダ)が入ってる。そのようなケースは、アクティビティの作業期間に大きな幅(ばらつき)があるときに起きやすい。

もともと、どんなアクティビティでも、必要な正味作業期間にはばらつきがある。それが3週間±1日、といった程度の幅なら、かなりばらつきが小さいと言えよう。しかし、最短で1日、最長で3週間、平均で1週間、といった状態だと、必要な期間の読みが難しい。このようなときに、サバが入り込むのだ。納期を約束する側に立てば、平均で1週間と言っても、ときには2週とか3週かかることもあるのを知っている。3週間かかるケースは全体の 10%くらいだとしても、「作業の納期はいつにしますか」と聞かれたら、「3週間後」と答えたくなるだろう。平均値は1週間なのに。

もちろん、平均値の1週間を納期で約束してしまったら、どうなるか。2回に1回は、納期に遅れる可能性があるわけだ(正確に言うと、平均値ではなくメディアン=50パーセンタイル値で、半々となる)。いずれにしても、それではメンツ丸つぶれである。そこで、安全確実な90パーセンタイル値の3週間をオファーすることになるのである。こうして、平均すると2週間のアイドルタイムが、プロジェクトの中に発生してしまう。

どうしてこうなるのか。根本原因は、企業内において「納期遅れは罰せられるのに、納期より早く完了しても報酬が与えられない」という事にある。すなわち、納期確約についての評価が非対称で、遵守時の報酬体系が無いからなのである。これは外注や購買においてもしばしば同じだ。

ということは、もし仕事を早く進めたいなら、「早く終えたら得をする」という環境や約束をつくることが大事だとわかる。と同時に、納期を決める時は、安全確実な90%値ではなく、平均の50%値をもとに基準を設定すべきなのである。とうぜん「遅れたら罰する」方は、少し弱める必要がある。

90%値と50%値の関係は、ばらつきの分布の形に依存するので、一概には言えない。分布の統計を取って変動係数(σ/μ)が分かれば少しは判断の参考になるし、あるいは最小値・最大値・平均値の組でもいい。ただ、90%値は50%値の3倍程度になりがちだ、と考える人も多い。

このことを根拠に、プロジェクトの納期設定のあり方に全く新しい思想を持ち込んだのが、TOC理論の創始者ゴールドラット博士だ。彼は、クリティカル・パスに属するアクティビティの所要期間は、すべて50%値で設定しろ、と主張する。むろん、そんなことをすれば、プロジェクト全体が納期を達成しない確率が50%になってしまう。そこで、彼は適正な日数分をプロジェクト末尾において、「プロジェクト・バッファー」とし、これで納期達成率を上げるべきだ、と主張する。

そのバッファー日数であるが、通常の90%値で計算した納期(たとえば10ヶ月だったとしよう)から、50%値で計算した納期(こちらは4ヶ月だとする)を引いた差の半分をとれ、というのが彼の提案である。この例では(10-4)÷2=3ヶ月である。で、結局、全体では4+3=7ヶ月の工程とするのである。これがTOC理論で言う「クリティカル・チェーン・プロジェクト・マネジメント」(CCPM)の根幹のアイデアである。

ゴールドラット博士の思想を、私流に言いかえると、次のような手順になる。

(1)冗長な部分をみつける
(2)それを捨てる(正味分のみにする)
(3)必要最小限の冗長性を付け加える

これは、実は情報理論やデータ通信で行っている技法と全く同じだということがおわかりだろうか。情報から冗長な部分を見いだし、それを取り去る(情報圧縮)。そして最小限の冗長性をあえて付加する。これは外乱・ノイズから情報を守るための技術なのである。

同じ考え方は工程(スケジュール)にも、そしてコストにもつかえる。というか、使わなくてはならない。これが、マネジメント・テクノロジーというものの典型的な姿なのである。
by Tomoichi_Sato | 2009-12-11 21:44 | プロジェクト・マネジメント | Comments(2)
Commented by 大野勇進 at 2017-08-03 17:48 x
進捗管理を実効性のあるものにしたいと、努力しています。
進捗管理のキーワードで検索していて、拝見しました、
わかりやすい説明で感銘しました。
ccpmの考え方に共鳴していますが、なかなかバッファの考え方を公式に表明することができない、また理解されない状況に苦慮しています。地道に説明し理解を得られるように今後も努力していきます。
Commented by Tomoichi_Sato at 2017-08-12 18:07
大野様、コメントありがとうございます。
進捗管理という仕事は、しばしばそれ自身が自己目的化してしまう危険性をはらんでいます。進捗を知る最大の目的は、いつ終わるのかを予測することにあります。そのために、後どれだけ仕事が残っているのかを把握し、どこかに重大な遅延が生じていたら、知恵とリソースを集中して解決するわけです。
プロジェクトの資源は有限なので、「放っておいてもいい遅延」を識別することが大切ですし、メンバーが遅延をプロマネに隠さず伝える態度を育てる必要があります。わたし達はそこをわきまえずに、いつでも全てを督促しようとしがちなので、注意すべきだと思います。
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