ベーシックとしての時間分析

私たちは時間の上に住んでいる。誰にも平等に、1日24時間が与えられ、週に7日、年に12ヶ月が与えられる。資産や所在地や名望など、他のありとあらゆるビジネス上の前提条件とは違って、そこにはハンデも優劣もない。

したがって、私たちが何ほどかを競争で得たければ、まず時間の使い方で競うしかない。ところが、これほど無頓着になされているものも珍しい。経営資源を「人・モノ・金」と三つにくくるのは、誰がはじめたか知らないが広く浸透していて、事実、人やモノや金の使い方には、皆ずいぶん気をつかっている。それに比べて、時間の使い方に対する注意は格段に落ちる。たぶんそれは、時間が目に見えないからだ。

経営工学(あるいは、その基盤であるインダストリアル・エンジニアリング=IE)が、テイラーの『科学的管理法』の論文から始まったことは周知の通りだ。今からちょうど100年前、工場の主任技師だった彼は、労働者による重い荷物の運搬作業に対し、ストップウォッチによる時間計測を手段にして、適切な休息と労働のバランスによって生産性が飛躍的に向上することを見出した。同じ8時間という労働(拘束)時間の中の使い方をかえることによって、劇的な改善が可能になったのだ。それは号令や叱咤やインセンティブ等よりも、はるかに効果的だった。だから、彼はこれを、自信を持って「科学的管理法」と名付けたのだ。

テイラーの流れをくむIE技術者たちは、その後も工場の現場作業に対して、ストップウォッチを武器に取り組みつづけ、地味ながら立派な成果を上げつづけた。さらに人間動作を詳細に分解して、標準動作による生産性予測や改善もできるようになった。今日、まともな工場ならば、IE技術者による作業設計と不断の改善活動を定常的に行っている。

しかしながら、日本の製造業の多くの企業では、生産性のボトルネックはすでに製造現場から、設計や管理を中心とするオフィスワークに移っている。にもかかわらず、オフィスワークにおける作業時間分析は、あまり行われているのを見たことがない。不思議ではないか。

いや、我が社はタイムシートをつけている。何月何日に、どの仕事で、何時間働いたかはすべて正確に把握している--そう反論されるかもしれない。しかし、それでは不十分なのだ。時間分析には、目的別の分析と、様態別の分析と、そして機能別の分析があることを、多くの人は理解していない。タイムシートは、目的別の時間集計には使えるだろうが、様態や機能の分析にはすぐには使えない。

目的別の時間分析とは何か。それは、「その作業時間」が、どの顧客・案件・段階向けの作業かを見るための手段だ。A社向け・Zシステム納入・テスト段階--これが目的別の分類である。気の利いた企業なら、作業段階別にWBSやコード番号を設定しているかもしれない。例えば、テスト段階の中でも「テスト要領書の作成」まで把握できるようになっている。でも、これでは時間の使い方の“結果だけを知る”ことしかできない。いわば、タクシーが、どの客を連れて、どの目的地まで行き、何mを走ったかだけを記録しているようなものである。

もし時間の使い方の内実を知りたければ、様態別の把握をしなければならない。たとえば、同じオフィスワークでも、会議に出席していたのか、設計書を書いていたのか、メールを読んでいたのか、電車で移動していただけなのか、いろいろな様態がある。終日会議に出席しているばかりの人や、一日の半分以上は移動時間の人が、生産性に貢献すると期待できるだろうか? 会議も移動も、必ず『目的』はある。どの案件・どの客先かは(たぶん)明確である。でも、それはタクシーが渋滞の中につかまっているようなものではないか。だとしたら、高速か、一般道か、裏道か、どんな道をどれだけ通ったかの分析が必要なのだ。

そして、様態別の分析だけでも、まだ生産性を考えるには十分ではない。なぜなら、仕事に使う時間の中には、プロダクト(成果物やアウトプット)に直接結びつく部分と、そうでない部分が混ざっているからだ。たとえば机に向かって設計作業中だとする。ところで、以前もらった資料のファイルをさがして、サーバの中をあちこち検索したとしよう。ある目的のために仕事をしている時間であることに間違いはない。だが、そうした探し物の時間は、実際には生産性に何も貢献していない。あるいは、上流部門から来た要件設計書に間違いが見つかって、設計がやり直しになり、残業したとしよう。あきらかに設計活動の時間だ。だが、ちっとも生産的ではない。こうした時間は、タクシーが道を間違えて引き返したり、地図が無くてうろうろしている時間とかわりがない。

製造現場では、「正味時間」という概念を大事にする。部品を加工したり、組み付けたりして、モノに付加価値を与える作業の時間である。旋盤でワークを削っている時間は正味時間だ。一方、治具が無くて探しに行ったり、加工図面の到着を待つ間に機械の掃除をしている時間は、正味時間に入らない。無論、材料の入荷待ちやロット待ちも、正味時間外だ。そして、工場での改善のポイントは、いかに無駄な待ち時間を無くして、正味時間の比率を上げるかにある。念のために書くが、正味時間の比率はせいぜい数%から、よほど優秀な工場で20%程度である。あとはほとんどが、付加価値に貢献しないムダ時間なのだ。

同じようなことをオフィスワークで知るためには、目的別タイムシートではなく、様態別・機能別の時間集計が必要になるのである。むろん、こんな細かな作業記録を、毎日毎日タイムシートにつけることなど不可能だ。だから、サンプリング期間を区切って(例えば1日とか1週間とか)、職場全体で調査をかける必要がある。そうしてはじめて、本当の意味で「付加価値生産性」向上のための基礎データができるのである。そのために、どのようなフォームやツールがいるのか、知恵と工夫のポイントでもある。

とはいえ、もしかしたら、タイムシートそれ自体、目的別の時間集計にも使えない状態だということも考えられる。タイムシートが残業集計や給与計算に直結している場合である。いや、もちろん直結してもいい。だが、そこに「みなし年俸制」やら「サービス残業」やらがひそんでいると、もはやタイムシートは監督官庁へのアリバイ資料にすぎず、ビジネスの改善の基礎データにもならなくなるだろう。そんな状態は、ごく例外的な事象だと信じたいものだが。
by Tomoichi_Sato | 2009-09-28 21:45 | 時間管理術 | Comments(1)
Commented by uzuho at 2009-09-29 14:07 x
一万時間の法則というのを知り、自分の経験値を上げる基準にしています。ところが、間接時間を除いた正味労働時間を週四十時間稼ぐには、六十時間から八十時間従業時間が必要とわかり、少々途方に暮れ気味でした。
製造業で二割がいいところと読んで、救われた気持ちです…
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