3ヶ月ほど前のことだが、元・東大総長で、現在は三菱総合研究所理事長の小宮山宏先生にお会いした。私が編集委員としてかかわってきた経営工学会の一般誌「経営システム」のインタビューが目的である。テーマは「日本のR&Dを考える」で、文字通り日本の研究開発の現状と、あるべき姿について、1時間ほどお話しをうかがった(「経営システム」2009年8月号に掲載したので、興味のある方はご覧ください)。
ところで、インタビューの席に着くなり、まず小宮山先生の方から「経営工学ってのは、研究開発のマネジメントなんかより、まず日本のマネジメントをどうすべきかを考えた方がいいんじゃないの?」といきなり言われた。年金記録の改ざんの泥沼や、酩酊状態で記者会見の席に現れた大臣やらのあれこれで、皆がうんざりしていたのは事実だろう。このまんまじゃマズイな、そう思う人が増えるのも無理はない。 経営工学とは何をする学問か、私はそこで手短に説明した。経営工学とはIE(Industrial Engineering)を母体とし、工場づくりの工学で、そこからさらにORや経営問題も対象とするようになっています。・・もっとも、化学工学科を卒業した私が、そんなことを語るのは僭越なのだろう。が、小宮山先生も化学工学の専門家だから話が通じやすい。化学工学もまた、じつは化学工場づくりの学問なのだ(現在は機能的素材づくりの学問にかなりシフトしているが)。 でも、後で考えたら、もう少し別の説明法もあったなと気がついた。それは、「経営工学とはマネジメントのテクノロジーに関する学問です」という説明だ。マネジメントにはテクノロジーが存在する。それに対して理工学にアプローチする--それが経営工学の役割なのだと私は思う。 さて、目の前に、ある英語の論文がある。タイトルは"MARKOV MAINTENANCE MODELS WITH CONTROL OF QUEUE"、出展はJournal of the Operations Research Society of Japan, 20(3) pp.164-181 1977、である。日本オペレーションズ・リサーチ学会の論文誌らしく、添え字のついた数式が一杯並んでいる。設備取替え問題といわれる分野の研究で、ランダムに故障の発生する機械設備群を相手に、確率過程と待ち行列の組合せによって、意志決定者が最適な答えを得られる条件を定めている。まあ、経営工学の典型的な分野の一つである。 著者は、DR. YUKIO HATOYAMA。つまり鳩山由紀夫博士で、東工大の経営工学科の教員とある。ちなみにこの論文は、国立情報学研究所の論文検索サイトCiNiiで全文を入手できるので、こちらも興味があったら読むことができる。 日本で初めて理工系出身で首相になった人が、経営工学の博士号を持つ学者だった(ことがある)というのは、きわめて不思議だが興味深い事実だと思う。というのは、どうみたってマネジメントの不全ないし不在が、今日われらが社会の最大の問題だからである。 もっとも、多くの「支持政党無し」の人々と同じく、私も首相一人が変わったからといって、この建前だらけで制度疲労した世の中の仕組みが、明日からガラリと良くなる、などという期待は持っていない。それに、経営工学の学者だからといって、マネジメントが上手であるという保証は何もない。それは、眼科医が必ずしも良い視力の持ち主とは限らないのと、同じ事である。 ただし、眼科医は、他人の視力の問題については、指摘できるだろう。視力の回復や矯正についても、手伝えるかもしれない。同様に、経営工学の専門家は、マネジメントの問題解決については、役に立ちうる力を持っている。持っていないと困る。そうであって欲しい--それが、本来の学問への期待というものだ(誤解のないように書いておくが、私は新首相のことではなくて、現在約2,000人を擁する経営工学会の諸先生・先輩のことを言っているのである)。 そういう観点からいうと、『経営工学』という訳語の付け方は、長短両面あったかもしれない。経営工学科の卒業生を採用する企業の側は、別段、その学生に最初から「経営」を面倒見てもらおうという気持ちはないだろう。大学の先生にさえ、「経営」の問題について相談に乗ってもらおう、という意識にはなるまい。経営という語が、英語のmanagementという概念(これは中間管理職的な仕事を十分含む)よりもずっと上位の、まさに社長レベルの仕事をさすからだ。 これを避ける意図があってかどうかは知らないが、経営工学科という名前を使わずに、管理工学と呼んだり(慶応)、工業経営という名前を使ったりした(早稲田)、大学もある。でもまあ、このサイトでも繰り返し書いているように、管理という語も多義語すぎて誤解を招きやすいし、工業経営では工場長の仕事みたいに聞こえないこともない。あまり適当な呼び名がないのだ。 なお、東大には経営工学科はないから、小宮山先生がご存じなかったのも無理はない。学問の百貨店みたいなマンモス大学なのに無い理由は不明だが、旧・文部省的世界観にしたがえば、そもそも東大はエリート官僚養成校であり、そこに入学する人はみんな優秀だから(笑)、卒業生には自動的にマネジメントにふさわしい人格が具わっている(大笑)。ゆえに、あえてマネジメントなどを研究したり教えたりする学科は不要である。証明終わり。・・という事情かと私は邪推している。 もともと、大学の学科や科目の名前に「~学」をつけることにこだわったのは、文部省の方針であった。でも欧米の大学を見ても分かるように、科目名は必ずしも"...ology"や"...ics"ばかりで終わるとは限らない。EngineeringもTechnologyも立派な科目名である。だとしたら、「マネジメント・テクノロジー科」という学科があってもいいと私は思う。 さて、この話はこれでおしまいだが、一つだけ余談がある。今回の総選挙では、「BOM/部品表入門」の共著者である山崎誠氏が、なんと民主党から出馬して見事に当選したのである。氏は2年半ほど前に企業から政界に転じ、横浜市議として活動してきて、今回の追い風に応援を受けて国政に踏み出したわけだ。まあ、生産管理の本を書いた現役の国会議員というのも、初めてだろう。国内企業のSCM構築や、海外企業向けのERP導入のコンサルティングなども経験している人だ。一年生議員として、今後どのような活動を展開されるかはまだ未知数だが、ぜひマネジメント・テクノロジーを身につけた人として、意義ある仕事をしていただけるよう、期待したい。
by Tomoichi_Sato
| 2009-09-20 00:12
| ビジネス
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Comments(5)
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構造材料研究者
at 2017-08-22 23:21
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島根大学の客員教授である久保田邦親博士らが境界潤滑の原理をついに解明。名称は炭素結晶の競合モデル/CCSCモデル「通称、ナノダイヤモンド理論」は開発合金Xの高面圧摺動特性を説明できるだけでなく、その他の境界潤滑現象にかかわる広い説明が可能な本質的理論で、更なる機械の高性能化に展望が開かれたとする識者もある。幅広い分野に応用でき今後48Vハイブリッドエンジンのコンパクト化(ピストンピンなど)の開発指針となってゆくことも期待されている。
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化学で未来を変えるのダ
at 2018-01-11 18:29
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博士はダイセルの首席技師としてトライボシステムを開発するようですね。非常に有望な試みだと思います。
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放射光ファン
at 2019-09-15 12:39
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プラント・メンテナンス領域で境界潤滑状態の軸受などのラマン分光をお考えのようですね。内燃機関シンポジウムの「境界潤滑現象の本性」のボールオンディスク試験のやり方とても参考になりました。
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ガンダムファン
at 2019-10-12 17:48
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CCSCモデルはガンダムみたいな巨大ロボットの関節開発にも応用出る理論らしいですね。
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トライボロジー
at 2019-11-27 22:13
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面圧表示がヘルツでないのがいいですね。
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