世界の経済地図を見直すとき

プラント資機材の値段が上がりはじめている。いや、正確には、上がる気配を見せ始めている。とくに金属や基礎材料。たとえば銅の値段やニッケルの値段はすでに底を打ち、London Metal Exchangeの指標なども上昇に転じている。例えば銅は電力ケーブルの、ニッケルはステンレス鋼の主要な材料である。こうした品目がまず値上がりしていくことは間違いない。原油も上がっているため基礎化学品も追いかけるだろう。

化学プラントというのは、ごく簡単に言うと、巨大な金属のドンガラと、それらをつなぐ無数の配管、配管の中のガスや液体を送る大小の圧縮機やポンプ、熱交換器、制御弁・遮断弁、そして電力ケーブルや制御ケーブルがしこたま、という構成になっている。それから、それらを支える鉄骨やコンクリート構造物がある。たいてい24時間操業だから、夜も無数のライトがついて明るい。『工場萌え』の人たちが好んで撮る、夜のプラントの姿である。

エンジニアリング会社とは、こうしたプラントを設計して、資機材を調達し、建設する仕事であるから、資機材の値段には敏感になる。そして産業用機械・材料のサプライヤー/メーカーは恒に世界的な競争にさらされているから、ある国だけで突拍子もなく安かったり高かったりすることは、あまりない(特殊な規制品は別として)。ということは、世界的に需給がタイトになってきている訳で、すなわち設備投資が活発化していることを意味する。

こういったニュースは、リーマン・ショックに発する金融危機以来の不況下の日本だけを見ていると、何だかピンとこない。ようやく機械製造業は底を打った様子もあるが、まだ設備増強にはほど遠いし、個人消費も冷え切ったままだ。しかし、いったん目を世界に転じると、ずいぶん状況は変わっている。産業用資機材では、どうやら発電関係がとくに活発なようである。ボイラー、タービンやその補機・回転機、変圧器そしてケーブルなどのメーカーが忙しいらしい。だが、どこで使われるのか? 答えは主に「アジア」である。アジアと言っても広い。西は中東から、インドなどの南アジア、東南アジア、中国などがその場所らしい。たしかにどこも経済発展に電力供給が追いついていない--日本は例外だが。

ちなみに、今週号の「The Economist」誌の特集記事は、“アジアの驚くべき回復”だ。むろん、リーマン・ショックからの回復である。中国、インドネシア、韓国、シンガポールは第2四半期には年率換算10%以上のGDP成長率をみせた。輸出依存性の高さからみて、とても急回復は無理だと言われていた国々だ。台湾、インドの工業生産量も上昇中である(インドは元々影響は比較的小さかった)。

それから、中東である。原油価格が昨年急落したとき、建設中の高層ビルの建ち並ぶドバイは、そのまま廃墟になるかと思った人が多い。しかし産油国は、国家収支のバランス点を示す最低原油価格によって、その経済的頑健性を測ることができる。湾岸諸国の多くは30ドル/バーレル台である。そして原油価格は最高値の140ドルからはかなり下げたが、40ドルを切ることはほとんど無かった。欧米の金融システムが数ヶ月間麻痺したおかげで立ち往生したプロジェクトも、再開に向かったものが多い(なお、ロシアとベネズエラはこの最低価格が高いため、苦境の期間が長い)。

アジアの驚くべき回復の中心にあるのは、個人消費の伸びと、それをささえる社会資本の投下である(だから発電所なのだ)。それはすでに欧米の消費の落ち込みを打ち消して余るほどのレベルになった。明らかに今や、世界の経済構造にシフトが起きている。

ところで、問題は我らが日本だ。同誌には、国内消費を伸ばすような経済的改革こそアジアがみな取り組んでいる課題なのに、日本だけは一度も成功しなかった、と書いている。成功するわけがない。そもそも、公共消費を切り詰めるのがこの何年間もの政策だったのだから。たぶん、日本では、投資や生産だけが善で、消費は悪徳なのだろう。もう大量生産時代はとっくに過ぎたのに、いまだに、「ものづくり企業」が社会の牽引車ということになっている。

いま私はこの文章を、北フランスLilleの大学の構内で書いている。プロジェクト・マネジメントの国際セミナーに招かれて来ているのだ。こうした機会はとてもありがたいが、夜、みなで会食をしているとき、「ところで日本の経済はなぜ足踏み状態なのだ」などと質問されるのが一番困る。なぜって、答えられるような政策が無いからだ。たしか『骨太の政策』というのが実施されているはずだが、芯を通すようなグランド・プランが、私のような一介の市民には、よく見えてこない。ただし、一つだけはっきりしていることがある。それは“グランド・プランの模範を欧米に求めても、もうそれは得られない”ということだ。

このサイトで、私は「日本の製造業の抱える問題は、大量見込み生産時代の管理思想を社内に残したまま、受注生産に移行しようとしていることだ」と一度ならず書いた。同じことが、経済政策全体に対して言えるのかもしれない。経済評論家でもないのに大げさな発言を許してもらえるなら、「日本経済のシステム全体が抱える問題は、もはや欧米市場だけが日本製品を飲み込んで消費してくれる時代はすぎたのに、まだ欧米輸出に依存した思考構造を続けていること」と言えるかもしれない。もうG7のみが世界を牽引する時代は終わった。これからは、G20から、G7を除いた国々が相手になるのだ。あなたは、G20の国名を言えるだろうか。あなたの上司はどうだろう。

そうした国々の市場は、個別性が強い。つまらぬ自負や偏見は捨てて、すべての国の顧客に対して頭を下げる姿勢が必要になる。つぎの総選挙の後で、どのような政権がどういう政策を立てるのかは知らないが、ぼくらはもう、欧米中心の経済パラダイムから卒業する時が来ている。
by Tomoichi_Sato | 2009-08-20 01:19 | ビジネス | Comments(0)
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