「良いデザイン」の工数は見積ることができるか

目の前に広げられたのは、30数枚に及ぶスケッチの紙だった。我々の顧客が打合せを終えて帰った後で、そのグラフィック・デザイナーの人が見せてくれたのだ。CI(コーポレート・アイデンティティ)の世界では、かなり名前を知られた人である。彼が顧客に見せたのは、3つのデザイン案だけだったはずだ。ダイナミックでポップなもの、端正で清潔なもの、柔らかで明るいものの3つで、ずいぶん違う印象の候補案を用意してくれていたのに感心したばかりだった。でも、その裏側には10倍以上の半製品があったのだ。

その人は、候補の3案に至るまでの案出しとデザイン展開の結果を何枚もめくって見せながら、どのような発想から出発して、どうバリエーションをつくり、それからどう最終成果物に結びつけたのか、素人の私にたいして簡単に説明してくれた。私は完璧に驚いてしまった。ひらめきから生まれるものとばかり思っていたグラフィック・デザインが、じつはとてもシステマティックな、かつ時間をつぎ込んだ作業の結果、生まれてくるのを知ったからである。

CIデザインの中心には、いわゆるロゴ・マークの設計がある。私は視覚デザインについては全くの素人だが、それでもいろいろな企業のロゴ・マークには出来不出来があるのに気づく。もう少しマイルドな言い方をすれば、個性的な美を感じさせるものから、限りなく無難な印象のものまで幅がある。ただ、ロゴ・マークのデザインが難しいのは、そこに大きな自由度があるからだ。たとえば配電盤の中の結線図を作成するのだって、デザインといえば同じくデザインだが、こちらは答えの自由度が小さい。定石や手順が決まっていて、それに従えば出来上がる定型的な作業だ。しかし、グラフィック・デザインは明らかに非定型的な、創造的な仕事に思える。

その日まで私は、こうした創造的なデザインというものは、デザイナーが宙をにらみながら、ある瞬間にふと閃いたアイデアにもとづいて制作するものだ、と単純に思い込んでいた。言いかえると、良いデザインが生まれるかどうかは、その場の運だと考えていたわけだ。今日にも閃くかもしれず、半年後も思いつかないかもしれない。つまり、「いつまでにできますか」などという質問には答えられないことになる。

ところが、この人のプロセスを見ると、集中した思考に費やす時間が、明らかにデザインの質を決めているのが分かる。むろん、不連続な閃きだってあるだろう。持ち前のセンスの良否もある。だが、デザインという、いかにも不定形に見える仕事の成果が、実は費やした時間の長さにほぼ比例するのだという発見に、ひどく衝撃を受けたのだ。

不定型な仕事とは何だろうか。それは、答えの見えない、解き方の分からない、個別的で自由度の高い仕事だといっていい。そして大学教育を受けたホワイトカラーに専ら任せられる仕事でもある。新製品の企画を立てるとか、展示会に出展するとか、原価改善に取り組むとか、こうしたことはすべて非定型的な仕事、事務作業や力仕事とはちがう特別な知的作業だと考えられている。こうした創造的な仕事とは、効率だけが求められる職種とは違った世界があるはずだ、と。

このような思考はまた、フレックス勤務とか、裁量労働制とか、年俸制とかいった、勤務時間にしばられない給与報酬制度とむすびつく。自分はタイムカードで働くのではない、成果で評価されるのだ、と。

ところで、そのデザイナーに仕事のプロセスを見せてもらった時以来、私は考え方が変わってしまった。「不定型な仕事だから、どれだけ時間がかかるかは分からない」という言い方をしないようになった。そればかりか、他人のそういう発言も、単純には鵜呑みにしないようになった。そして設計や計画やデザインの質が低いのは、時間を費やせなかったせいではないかと疑うようになった。

デザイナー以外にも、不定型な仕事をしている人には何人も出会った。音楽家、映画監督、映像展示プロデューサー、建築家といった、事務作業や力仕事とはほど遠い業務に従事する人たちだ。こうした職種の人たちの多くは、成果物で報酬を得ている。しかし、よく聞いてみると、この人たちもたいてい、仕事に費やす時間や工数をかなり正確に見積もっているのだ。それどころか、報酬額が自分に必要な工数の分に足りないときは、どこを押さえてどこで手を抜けばいいかさえ、ちゃんと計算している。自分の評判を下げない程度に、質をキープする知恵である。いかにもプロフェッショナルである。

課長に「秋に開かれる展示会でアピール力の高い内容を考えろ」と命じられたとき、「でも閃きは半年後に来るかもしれないので期限は確約できません」とは答えられないのが勤め人である。なるほど非定型的な仕事ではある。だが、かかる時間は見積もれる。見積もることのできる能力が要求される。これを、『スケジュール・マインド』とよぶ。コスト・マインドと並んで、プロとしての能力の要件の一つである。

自分の仕事は創造的だ、特別だ、という思い込みは、ある意味で「特別な我が社」という思い込みに通じている。ベタな工数見積や効率化活動の対象外だ、ほおっといてくれ--そんな感覚が、そこにはないだろうか。だが、そんなことはないのである。「非定型的な仕事」の多くは、特定の成果物や結果を生み出すための、一度限りの営為だ。これはまさしく、PMBOK Guideにいうプロジェクトの定義="a temporary endeavor undertaken to create a unique product, service, or result" に、ぴったり当てはまるではないか。

つまり、非定型と思われている仕事の大半は、じつはプロジェクトなのだ。定常業務の仕組みや職制を残しながら、個別で部門横断的なプロジェクトに(そうとは意識せぬまま)取り組んでいることが、今日のホワイトカラーの生産性の低さを生んでいる。「特別」意識を持つ製造業の問題に、いかに似ていることか。

そして、プロジェクト的な仕事には、明確にマネジメント・テクノロジーが存在するのである。たとえば、工数見積に必要となるのが、パフォーマンス基準時間の概念である。長くなったので、これについては、稿をあらためてまた書こう。
by Tomoichi_Sato | 2009-07-10 23:41 | 時間管理術 | Comments(0)
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