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お知らせ2点:Rockwell Automationのセミナー講演と、拙著『革新的生産スケジューリング入門』朗読配信

お知らせです。

1点目は、講演のお知らせです。来る4月16日と19日に、ロックウェル・オートメーションさんのプライベート・セミナーに登壇します(無償です)。本セミナーは「再生医療製造業向けDX」というテーマ設定のため、ある程度限定された業種向けのイベントですが、わたしはMES/MOMの標準機能と将来像について、あえて医薬品だけには限らぬトピックのお話をする予定です。

最近、わたしが幹事を務める(財)エンジニアリング協会の「次世代スマート工場のエンジニアリング研究会」では、MES/MOMの新しい標準機能の再定義を進めています。ご存じかもしれませんが、MES分野では「標準11機能」と呼ばれるものが、しばしば引用されます。しかし、これは米国の団体が90年代に制定したもので、日本の製造現場の現実には合いにくく、分かりにくいものになっています。これをベースにRFP等を作られると、受け取ったMESベンダーは頭を抱える、という状況です。

そこで研究会の有志が集まって、日本に多いディスクリート系の工場をイメージしながら、新しい標準機能を再定義しようと動いています(ロックウェルさんもその一員です)。成果は近いうちに公表できる予定ですが、講演では本活動を参照しつつ、液モノを扱うが個別性の高い、再生医療系の製造にも通じるような、MESのあり方を考察してみます。

ちなみに医薬品・ライフサイエンス業界で講演する際には、いつも申し上げていることですが、わたしは当分野のプロではありません。勤務先の日揮は過去40年以上にわたり、様々な医薬品工場や研究所・病院を設計し、製造設備を納入し、建設工事を行ってきました。ですが、わたし自身が医薬品工場建設に関わったのは1件のみ、それも10年以上前のことです。とうてい、その道の専門家とは言えません。

ただ、いわゆる製造業のDX(その意味は様々でしょうが、ここでは『情報化』とざっくり捉えておきます)を考える際には、やはりMES(製造実行システム)の導入を外すことはできません。「スマート・ファクトリーとはMESを活用する工場である」 という記事でも述べたとおり、MESを中核とした情報の統合は、これからのスマート製造に必須の取組みです。

とはいえ、一口にMESやMOM(製造オペレーション・マネジメント)システムといっても、その様態は様々です。医薬品工場向け、半導体工場向け、化学工場向け、といった業種の違いもあるでしょう。またMES/MOMの主目的が、製造作業の記録や適正さの保証にあるのか、それとも動的な工程順序のコントロールにあるのか、膨大なセンサーデータの要約と変調検知にあるのか、などユーザに提供する価値も異なります。

しかし情報化ではもう一点、あまり気づかれていない違いがあります。それは自社の製造業務が、「個別性の高い」ものか「繰返し性の高い」ものなのか、の違いです。これは従来、「多品種少量生産か大量生産か」という言い方でくくられてきた観点ですし、「じつは変種変量生産なんです」といえば、気が利いた答えのはずだ、と勘違いしているコンサルも、よく見かけます。

しかし、ここではあえて「個別性」とその罠について、とりあげて論じてみたいと思っています。日本の製造業のPDCA文化は、もっぱら「繰返し性」の上で育ち、花開いてきました。繰返しで検証できるから、Check-Actionが効くのです。

でも、だからこそ、顧客仕様が次第に個別化していくことに、皆が手を焼いているのではないでしょうか。そして再生医療、とくに自家細胞療法などは、『究極の個別製造』です。わたし達は、この個別化の波に、果たして組織ぐるみで気づいて対応できているでしょうか?
 
こうした問題を、ぜひ皆さんと一緒に考えてみたいと思います。ご興味のある方のご来聴をお待ちしております。
<記>

Rockwell Automation Japan【再生医療製造業向けDXセミナー】
 ~製造実行管理システムのあるべき姿と米国再生医療基幹システム導入事例のご紹介~

佐藤の演題:『MES/MOMの標準機能と将来像 ~ 個別性の高い製造をスマート化するために

 日時:
 東京 2024年4月16日 (火)、 大阪 2024年4月19日 (金)、
  いずれも時間は14:00~17:00 (受付開始13:40)
(なお、あらかじめお断りしておきますが、都合により東京での講演は事前録画でお送りします。大阪は登壇いたします)

 費用:無料

 申込先:


◇——◇——◇——◇——◇——◇——◇——◇——◇

もう一点、お知らせです。

以前もこのサイトでご案内しましたが、佐藤知一・著『革新的生産スケジューリング入門』の朗読を、YouTubeで希望者に配信しています。

本書は2000年に(株)日本能率協会マネジメントセンターから刊行され、合計1万部近くが出ましたが、さすがに何年も前から版元品切れ状態となっています。なんとか入手できないか、との問い合わせをときどきいただきますが、版面権はまだ出版社が持っており、著者とはいえ勝手にPDF化して配布したりすることはできません。

そこで解決策として、著者自身のナレーションによる朗読(図表つき)のビデオを作成し、希望者に配信することにしたものです。約10分程度の長さの動画ファイル単位にまとめ、YouTubeにアップしていますが、権利関係上、限定URLとしてアクセスを制限しています。このURLは、当サイトの購読メーリングリストの読者の方だけに、メールで順次、配信しています(サイトには公表していません)。

朗読の動画は手作りなので、これまで大体、月に3本程度のペースで作成・配信してきました。今月で6回目になります。今回からは、いよいよ第3章の「生産スケジューリング(1)〜古典理論とMRP」に入ります。自分で言うのもなんですが、なかなか面白く書けていると思っています(笑)

朗読ビデオを見たい方は、下記の購読メーリングリストにご登録ください(本MLはBenchmark Emailのサービスを利用しています)

以上、よろしくお願いいたします。

佐藤知一

# by Tomoichi_Sato | 2024-03-18 19:39 | サプライチェーン | Comments(0)

トヨタ生産方式における平準化の意味と意義

前回の記事では、大手メーカーが部品在庫調整を行うことで、部品メーカー等のサプライヤーに対し平準化した安定生産を実現する方が、日本の産業界全体にとって有益であると書いた。そして、従来のいわゆる「JIT納品」による調達方式は、中堅中小のサプライヤーの生産性を阻害し、余計な納期調整にその能力を消耗させている、と批判した。

それでは、この点について、本家トヨタはどう考えているのだろうか。 トヨタ自動車こそ、「ジャスト・イン・タイム(JIT)」の 発明者であり、納入する部品メーカーに対して、時刻指定の納入を義務づけてきたのではないか。その結果、あれほどの利益を生むのであるならば、そのベスト・プラクティスを、他社も見習って採用すべきではないのか。

この点について、本サイトではずっと以前に、「あなたの会社にトヨタ生産方式が向かない五つの理由」 と言う記事を書いた。 また「 中小企業診断協会生産革新フォーラム」の仲間と一緒に書いた、『“JIT生産”を 卒業するための本〜 トヨタの真似だけでは儲からない』 でも、トヨタ生産方式(Toyota Production SYste = TPS)には、成立の前提条件があるため、違った条件下にある会社が、全く同じやり方を真似するのは意味がない、と説明した。

しかし、トヨタ自動車は相変わらず、日本の製造業のリーディングカンパニーで、世の中にはトヨタのやり方を解説し、どう真似たらいいか、に関する本が、数多く出版されている。あいにくトヨタという会社自身は、寡黙であって、自分たちのやり方について、あまり多くを語りたがらない傾向がある。

しかもトヨタ生産方式は、「システム」と名乗るだけあって、かなり大きな体系である。なので、巨象の全体を知らぬまま、その一部分だけを撫でたような解説がはびこりがちになる。
もちろん、大野耐一著「トヨタ生産方式」 という名著はあるが、 50年近く前の本で、技術的にもあまり細かな点は書かれていない。たまたま、わたし自身はかつて、トヨタの技監(技術の最高責任者、通常の会社のCTO = Chief Technology Officerに相当する)であった、銀屋洋氏の謦咳に接する機会が何度かあり、そこで「平準化はトヨタ生産方式の根幹である」というお話も伺ったことがある。だが銀屋氏もあまり書いたものを出されていない。

そこで、ここでは小谷重徳・著「理論から手法まできちんとわかる トヨタ生産方式」 で勉強することにしよう。著者の小谷重徳氏は元々、トヨタ自動車の技術や生産管理、情報システム部門等を経験した後、生産計画に関連した研究で博士号をとって、首都大学東京の教授に転じた方だ。

その第5章5.1節「かんばん方式を支える平準化生産」は、このような文章で始まる(以下引用)。

「平準化生産」はトヨタ生産方式の前提条件であるが、この節ではかんばん方式との関連を中心に解説することにする。

 一般に、仕事量が変動するより安定している方が望ましいのはいうまでもないであろう。 例えば、生産ラインの日当り生産量が毎日大きく変動する場合、この生産ラインの管理者は日当り生産量が最大の日でも対応できるように、 人、設備、 および在庫を確保することになり、相当なムダが発生する。 また、日当り生産量が少なく定時までの稼動ができない場合は、ラインを遊ばすよりは翌日の分を造った方が良いと考え、当日の生産計画以上に造ることになる。これはトヨタ生産方式で最も悪いと考えている「造り過ぎのムダ」となる。
(同書P.108、引用終わり)

そして、部品製造ラインと組立ラインを例にとって、平準化の意義について説明が続くのだが、その前に理解しておくべきことがある。それはトヨタ自動車の乗用車における生産形態、言い換えるなら生産のビジネスモデルが、基本的にATO(Assemble to order=受注組立生産)になっている、ということである。

ATO=受注組立生産とは何か。それはカップリング・ポイント(主たるストック在庫ポイント)を組立工程の直前に置き、確定受注を受けたら、そのオーダーに必要な中間部品等を組み立て、検査して出荷する方式である。

図を見て欲しい。トヨタでは車両の完成日の2日前に、ボディー組立ラインの先頭に、順序計画に従った製造指示を出す。このとき、「車両の組立ラインは、どの仕様の車両もいつでも生産できるように、すべての部品について一定量の在庫を持っている」(同書P. 120)。 すなわち、そこにカップリング・ポイントを置いている。

トヨタ生産方式における平準化の意味と意義_e0058447_22404772.png


カップリング・ポイントの下流側にあたる組立工程では、全て確定したオーダーと個別仕様によって生産指示が与えられる。つまり1台1台の車が、どの顧客向けの、どのようなオプションの車両かが、決まっている。そしてこれをどのような順序で作るか、すなわち「順序計画」 が非常に重要となる。

他方、上流側は、需要予測に基づく生産になる。トヨタは上流側すなわち部品製造工程を、基本的に「かんばん方式」と言う名前のプル型指示によって動かしていく。各工程に対する指示はプル型だが、全体としては予測に基づく計画生産である点に注意してほしい。 そして部品製造ラインの出発点に位置する、原材料・部品の納入も、 計画に基づく予測数量を先行内示としてサプライヤーに示した上で、具体的な納入タイミングと数量は、かんばんで調節するやり方を取る。

こうした構造を頭に入れた上で、平準化生産に関する小谷氏の解説を読もう。少し長いが引用する。
かんばん方式の場合、確定生産計画が安定していれば良いのであろうか。この点はかんばん方式を適切に運用するうえで非常に重要なポイントなので、例を用いて検討してみよう。


トヨタ生産方式における平準化の意味と意義_e0058447_22404515.png


(中略)図では、部品aのラインと部品 bのラインがある。 組付ラインは部品aを用いて製品 Aを、部品b を用いて製品Bをそれぞれ組み付ける。この場合、
 稼働時間=480分、製品Aの生産量=320個、製品Bの生産量=160個
とすると、
 組付ラインのタクトタイム=480 ÷ (320 + 160)=1(分/個)
 部品ライン aのタクトタイム=480320 = 1.5 (分/個)
 部品ラインbのタクトタイム= 480÷160=3 (分/個)
となる。

組付ラインが製品Aを320個連続して生産した後、 製品Bを160個連続して生産すると、 部品aは最初の320分間は1分ごとに1個使用されることになる。部品ラインaのタクトタイムは1.5分/個なので、部品ラインαの生産と製品ラインの部品aの使用は同期化が取れないことになる。 部品bについても同様である。このように生産や使用に関する速度の同期化がとれないと、部品在庫を多く持って対応する必要がある。 (中略)

製品AとBの生産量の比は、320: 160 = 2:1 であるので、製品ラインがA.B.A, A,B,A,・・・と A,B,Aの順序で繰り返し生産すると、部品aは3分に2個、 部品bは3分に1個それぞれ使用されるので、部品ラインのそれぞれのタクトタイムと同じになり、 部品ラインと組付ラインにおいて生産速度の同期化ができることになる。
(同書P.109-110、引用終わり)


このようにトヨタ生産方式では、確定受注に応じた順序計画を作成するにあたって、1日の中で部品引き取りのペースが一定になるよう、製品品種を均等に配分していく。

そしてこれは1日の中の調整にとどまらない。トヨタは月度計画で動く会社だから、 1ヵ月の生産計画の中も、部品の引き取りペースが均等になるように品種を配分していく。これが「平準化生産」である。

上の例では製品が2種類だったから、計算も簡単だが、実際には複数の製品と、非常に多種類の部品がぶら下がるBOMになっている。その条件下で部品レベルまで平準化した品種の配分を決めるには、計算機の助けを借りなければならない。実は小谷氏の学位論文の柱の一つは、この最適化計算ロジックにある(だが、トヨタが生産計画において、コンピュータを用いた高度な最適化計算をしているなどと言う話を、知っている人はほとんどいない)。

さて、月内はそのような形で、品種・数量を平準化するわけだが、では、月単位に生産数量が大幅にぶれても良いのだろうか。1月は1,000台、2月は2500台、3月は800台、というふうに。

もちろん、良い訳がない。上にあげた「生産量が大きく変動する場合、管理者は生産量が最大の日でも対応できるように、 人、設備、 および在庫を確保することになり、相当なムダが発生する」 という言葉を思い出してほしい。年間であっても、生産量の大きな変動は望ましくないことがわかる。

つまり「平準化生産」とは、日内も、月内も、年内も、 できる限り、部品の生産量が一定になるようなプランニングを要求するのである。逆に言うならば、月間でも年間でも大きな需要変動があるのに、部品サプライヤーにジャスト・イン・タイムの納品を要求する調達方式は、はっきり言って、リスクを下請けに押し付けているだけだ、と言える。少なくとも、トヨタ生産方式とは別物である。

もっとも、トヨタがこうした生産方式を実現できたのは、自動車が季節性の商品ではない、との事実があるからである。前述のトヨタ技監・銀屋氏は、ある大手空調機メーカーの依頼で生産改善に取り組んだとき、あらためてそのことを実感されたのだという。

そしてもちろん、いくら季節性の小さい商品だからといっても、月間や年間に同じようなペースで安定生産できるのは、販売側がそのために大きな営業努力を払っているからである。「 顧客が求めるものを忠実に売る」のではなく、「工場が安く作れるように売る」ことが、 トヨタ系の営業マンには求められるのだ。

そして自動車会社が自社の系列でディーラー網を握っていると言う体制が、これを可能にしている。 だからこそわたしは、TPSは実は「トヨタ生産販売システム」と呼ぶのがふさわしいと思っているのだ。日本の製造業の問題が、実は調達と販売にあるのだと言う主張を、多少は理解いただけただろうか。

以前も書いたとおり、わたしはトヨタの徹底ぶりは尊敬するが、礼賛はしていない。 また近年は、部品サプライチェーンの混乱等の原因によって、トヨタ自身が、上に書かれたような形では、自社の生産方式を運用できていない、とも聞いている。しかし、その問題は同社がサプライヤーと解決すればいいことで、はたの人間がとやかく批判することではない。少なくとも、批判するならばトヨタ生産方式の全体像を理解した上で、するべきであろう。

なお、生産計画における平準化には、この他に「作業の平準化」という観点もあるのだが、長くなったので割愛する。詳しくは小谷重徳氏の「トヨタ生産方式」 をお読みいただきたい。

と同時に、同書を読み返すにつれ、米国でMRPのような生産計画のロジックが発展した際に、「順序計画」と「平準化」の概念が取り入れられていたら、日本にとって、もっと良かったのにとあらためて感じる。米国の生産はあまりにもロット生産で、かつ大量見込み生産であった。そのことが、今の日本で、ERPそのほかの海外製ITツール導入を難しくしてしまったのである。


<関連エントリ>
「あなたの会社にトヨタ生産方式が向かない五つの理由」https://brevis.exblog.jp/8224763/ (2008-07-01)
「戦略としての生産形態 - リードタイムを設計する」 https://brevis.exblog.jp/28084323/ (2019-03-12)

# by Tomoichi_Sato | 2024-03-11 10:09 | サプライチェーン | Comments(0)

生産スケジューラなど不要になる、もしこうすれば・・

  • 生産スケジュールに関する悩み

このあいだ、製造実行システム(MES)を販売する外資系メーカーの人たちと話していたら、面白いことを言っていた。MESパッケージには、実行系機能のほかに、いわゆる生産スケジューリング向けの計画系機能が含まれている。しかし日本では、この計画系機能をあまり積極的にマーケティングしていないのだそうだ。

なぜかというと、アスプローバやフレクシェをはじめとする、国内のスケジューラメーカーが強すぎて、勝負にならないからだという。だから、実行系や分析系等の広範囲な機能と、海外でも使えるグローバル性をセールスポイントにしています、と言っていた。

今日、日本の製造業では、多くの企業が生産スケジュールに関することで悩んでいる。昨年来、(財)エンジ協会「次世代スマート工場」の研究会でも、製造業向けにシンポジウムや講演など様々な活動をしてきたが、参加者の問題意識の多くが、計画系に関する悩みだった。

理由は大きく、二つある。顧客からの急な納期変更要求が多いこと。もう一つは、調達側のサプライチェーンが混乱して、部品材料が予定通りに到着しないことだ。

もちろん機械設備の急な故障や、品質不良による手戻りなども、スケジュールを攪乱する要因ではある。しかし日本で今日まで生き残っている製造業の多くは、こうした問題はすでに、かなり現場の努力で解決してきた。内部要因による計画の乱れは、なんとかできよう。だが外部要因での変更に、手を焼いている訳だ。

そうした問題の解決策として、PC上で動く生産スケジューラへの期待は高い。幸い、日本にはそうしたソフトウェア、プロダクトを作り出す優れたITベンダーが、上に述べた以外にも何社もあり、販売実績も多い。

生産スケジューラーを導入する指南役を務められる人も、それなりに増えてきている。わたしのこのサイトは、もともとは2000年に出版した『革新的生産スケジューリング入門』の、アフターサービスのために始めたものだ。 同書を出版した頃は、国内にほとんど、生産スケジューリングに関する情報源となる書籍がなかった。今でも単行本は少ないが、ネットの情報ははるかに得やすくなった。


  • スケジューラ導入へのハードルはどこにあるか?

そうは言っても、実際の工場に生産スケジューラを導入するのは、なかなかハードルの高い仕事である。

まず費用がかかる。ソフトウェアのリスト・プライスは数百万円程度で、最近はクラウドによる提供もあるから、ライセンス費用は中堅中小でも、負担可能な範囲ではある。

ただ、導入までのセットアップや、コンフィギュレーション、そしてマスターデータの整備などに、それなりの手間がかかる。ある程度、外部の力も借りないといけないだろう。そうなると、外部のSIへの費用が、結構発生する。

それだけではない。生産スケジューラをきちんと運用に乗せたければ、非常に重要となる条件がある。それは、実際の製造作業の進捗データの取得である。どのオーダーの、どの部品の製造加工が、どこまで進んでいるのか、どれくらい遅れているのか。 こうしたことを、それなりの精度で把握できないといけない。

なぜか。それは生産スケジューラが普通、「ローリング・スケジュール」で運用されるからだ。例えば、週次の生産スケジュールを、ガントチャート形式か何かで作ったとする。そして今日は金曜日だとしよう。ならば、来週のスケジュールを作らなければいけない。

そのためには来週、新たにやらなければいけない、いろいろな工程のタスクを列挙する必要がある。しかしそれに加えて、まだ現在進行中のタスクが、どれだけ残っているかを把握しなければいけない。 今週は部品Xを製造する予定だった。来週は、その部品Xを部品Yと組み合わせて、製品Zを作る予定だ。ところが、その部品X製造のタスクが終わっていなかったら、来週月曜日の朝1番には、Zの組み立てに着手できないことになる。 まだ未完了のタスクは、来週のスケジュールに組み入れなければいけない。

このように、現在のスケジュールの最後の部分を、次のスケジュールの最初の部分に、うまく接合して、スケジュールを連続して計画していくのである。これが「ローリング・スケジュール」だ。簡単に言うと巻物のように、 次々と紙を貼り足しては、長く続けていくイメージである。

ところが、工場内の各工程における進捗の把握が、実は非常に難しいのだ。 これをきちんとデータの形で吸い上げるためには、製造実行システム(MES)や、その簡易版であるPOPシステム等が必要になる。 つまり計画系のシステムをちゃんと動かすには、前提条件として実行系のシステムがいることになるのだ。

だが、日本の工場、特に中堅中小の製造現場では、こうした実行系のITシステムの導入は、ひどく遅れている。そのため進捗を確認するために、「進捗追っかけマン」と呼ばれる職種の人たちが、現場を走り回って、各工程のチーフに個別にヒアリングして、情報を集めている 現状が、あちこちで見うけられる。

だとすると、日本の中堅中小の製造業が、納期対応能力を向上しようと思ったら、まず簡単でもいいから、実行系のシステムを導入し、その上で高性能な生産スケジューラを導入しろ、と言うことになりそうだ。


  • こうすれば、中小製造業に生産スケジューラなど不要になる

ところで、ここで私はあえて別のことを主張しよう。高性能な生産スケジューラなど不要である。日本の中堅中小の製造業が、生産スケジューラの導入に苦労しなくても良くなる方法が、1つある、と。

実はそれは、とても単純なことである。発注する側の大手メーカーが、サプライヤーに対して、十分な納期を与えるか、平準化した数量の注文を与えれば良いのだ。

今更言うまでもないが、日本の産業構造は、大手メーカーが最終製品を作り、その下に多数の中堅中小の部品メーカーがぶら下がる構図になっている。 大手メーカーは製品開発と設計を行う。そしてほとんどの部品を、配下のサプライヤーから調達する。自社工場では、最終組立と検査のみを担当する。こういう分業が無言の慣習となってきた。

こうした産業構造がなぜ生まれたのか、そのメリットとデメリットは何なのか。これは大切な問題だが、論じると長くなるので、ここでは割愛する。ともかく、消費者に納める最終製品は大手メーカーが作り、部品材料は中堅中小の製造業が担う、という仕組みは昭和時代から、長く変わっていない。

消費者の好みは気ままであり、需要変動は大きい。 そこで大手メーカーが生産計画を作っても、需要の変動に応じて、その生産品目の数量や順序を変更しなければならない。そこで大手メーカーは、どうするか。じつは回れ右して、その生産変動を、大手メーカーに直接接しているTier-1サプライヤーたちに伝え、これに対応しろ、と命じるのだ。命じられたTier-1サプライヤーも、やはり回れ右して、その変動を後ろにいるサブ・サプライヤーたちに伝えていく。

だからサプライヤー側も、大手メーカーと同じく需要変動の波をかぶる。それどころか、SCMでいう「ブルウィップ効果」によって、その波が増幅されたりする。日本の中堅中小製造業が、急な納期変更にさらされやすい理由は、ここにあるのだ。

でも、なぜ最終製品を作る大手メーカーは、需要が変動するたびに回れ右して、その変動をサプライヤーに押し付けるのか? 答えは簡単だ。大手メーカーが、部品在庫を殆ど持たず、サプライヤーたちにジャスト・イン・タイム納品(JIT納品)を強いているからなのだ。手元に部品在庫がないから、生産品目が変わるたびに、必要な品目をサプライヤーに持ってくるよう伝えなければならない。

では、大手メーカーが、そうした部品在庫を極小化する「リーンな」生産方式を止めて、需要変動にもある程度対応できるよう、部品材料の安全在庫を持つようにしたら、どうなるか。答えはシンプルだ。需要変動は安全在庫によって、ある程度まで吸収される。 したがって、サプライヤーへの発注は、安全在庫を維持すれば良い程度の、安定した見通しの良い発注計画で運用できるようになる。すなわち、十分な納期、ないし平準化した数量の注文を、行えるようになる。

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  • 安定化生産の経済効果は非常に大きい

大手メーカーが部品在庫を持って需要変動を吸収し、サプライヤーに対しては平準化した発注を行うべきだと言うアイデアは、研究会仲間の経営コンサルタント・本間峰一氏が、かねてから主張してきたことで、わたしも100%同意だ。ただ建設エンジ業界の周辺のように、大きな案件単位で最終需要の発生する業種もあるので、念のため「十分な納期」という一言を付け加えている。

大手メーカーがこのように発注ポリシーを変更したら、その好影響は極めて広範に及ぶ。日本の製造業の生産性は、劇的に向上するであろう。

何を大げさな、と思うかもしれない。しかし、製造現場の人たちにインタビューしてみればわかるが、あらかじめ決めた通りの段取りで変更なく、作業できるようになれば、 現場の生産性は2割も3割も上がるだろうと言う。

なぜなら、急な変更対応には、材料のもの探し、機械のセットアップの変更、加工プログラムの入れ替え、治工具の調整、人の入れ替えなど、生産に結びつかない多大な労力を費やしているからだ。 つまり、急な納期変更への対応は、日本の製造業における生産性を目に見えぬ形で、大きく奪ってきたのだ。

もちろん大手メーカー自身は、需要変動に応じて臨機応変に生産計画を立て、直す能力が必要だ。だから、彼らは生産スケジューラを導入しなければならない。品目も数量も関連する工程・設備も多いから、高機能なスケジューラが必要だ。しかし大手だから、費用負担もできるし、社内に十分なスタッフもいるだろう。この点が中堅中小との最大の違いだ。

大手メーカーは、とうぜん今よりも多くの部品材料の在庫を、抱えることになる。しかし、大手にとっては、大した財務コストではない。今や上場企業の6割が無借金経営であり、在庫を増やしたって、そのための借入れ金利(在庫金利)はゼロなのだ。 部品倉庫くらいは増設しなければならないかもしれないが、固定棚の費用などたかが知れている。


  • 生産性向上の最大の障害は、営業と調達の意識改革にある

さて、解決方法はシンプルだと書いたが、簡単とは書かなかった。シンプルなことが簡単だとは限らないからだ。

上のようなポリシーの変革には、大きな2つの障害がある。 1つ目は、大手メーカーの調達部門による、JIT納品に対するこだわりである。JIT納品という方式は、サプライヤーが大手の注文に対し忠実に、かつ懸命に従ってきたので、実現できてきたものだ。そして大手メーカーの調達部門は、納期の心配がないので、単にサプライヤー選定とコスト削減だけに専念できる。

ところがここで、部品在庫のレベル維持と、サプライヤーへの見通しの良い発注計画、という新たな課題が加わると、調達業務はこれまでよりもずっと頭のいる、複雑な仕事になる。机を叩いて怒鳴れば済む、昭和風のパワハラ調達のやり方は、通じなくなっていくのだ。

とはいえ、幸か不幸か、昨今のサプライチェーンの混乱に伴う部品納入の乱れと欠品によって、調達部門は既にこのような変革の波に洗われつつある。意識も少しずつは変わってきているはずである。

しかし、まだもう一つ障害がある。それは客先の無理な要求を全て飲み込んで、それをそのまま生産側に伝えてきた、製造業における伝統的な営業のあり方である。「お客様は神様」営業と言っても良い。これは大手メーカーにも中堅中小サプライヤーにも、ある程度共通した問題だ。

急な納期変更を求められたら、「もう工場は計画通り動いてしまっています。それは勘弁してください」と答えるのが、本当は営業の役割のはずだ。 だが、こうしろと教える営業のマネージャーは、少ない。長い不況時代を通じて、客先の「ご無理ごもっとも」を飲み込むのが営業だ、という意識が根付いてしまったのだろう。

インフレが進行している昨今でさえ、部品の価格転換がなかなか進まないことを見ても、この国に「ノーと言える営業」が足りないことがわかる。

そしてどこの組織でも、意識改革は一朝一夕には進まない。営業部門であれ調達部門であれ。というのも、「意識改革」というのは本当は、その組織を測るモノサシ=KPIの変更を伴うからだ。サラリーマンという種族は、自分にあてがわれるモノサシに応じて、行動や思考を決める。営業は売上高、調達はコスト削減率、といったKPIが、そのモチベーションを左右するのだ。だが、KPIに対する思い込みは古くて、変革の必要性に思い当たる経営者は、決して多くない。

ちなみに、営業も調達も、普通「文系」の職種だと思われている点に注意されたい。日本の製造業の生産性向上のボトルネックは、技術でもなければ、現場の熟練工でもない。実は文系職種にあるのだ。このことを多くの経営者が、もっとよく理解してくれればと思うのである。


<関連エントリ>
「ERPとMESの分担はどうあるべきか」 https://brevis.exblog.jp/30323305/ (2023-05-16)
「POPとは何か、MESとはどこが違うのか」 https://brevis.exblog.jp/27150261/ (2018-03-21)


# by Tomoichi_Sato | 2024-03-03 22:01 | サプライチェーン | Comments(2)

モダンPMへの誘い ~ プロジェクト・コントロールの目的とEVMS

わたしの働くエンジニアリング業界では、「プロジェクト・マネージャー」という職務のほかに、「プロジェクト・コントロール・マネージャー」というポジションを置くことが、国際的な慣習だ。プロマネは普通、PMと略称するので、区別するために、プロジェクト・コントロール・マネージャーはPCMと呼ぶ。もっとも、小規模なプロジェクトや国内案件では、プロマネがPCM職務を兼務することも多い。だが、プロマネとPCMの仕事の内容は、区別している。PCMの仕事は、プロジェクトのコントロールである。

・・こう書くと、怪訝な思いをする人も多いだろう。というのは、カタカナ英語で言う『マネジメント』も『コントロール』も、日本語に翻訳すると、同じ『管理』になってしまうからだ。プロマネもPCMも、脳内で翻訳すると「プロジェクト管理者」だ。何が違うのか?

だが、英語でManageとControlというと、意味もニュアンスもずいぶん違う。Manageという語には、暴れ馬を乗りこなす、といった語感がある。大変な仕事なのだ。これに対して、Controlはもっと、制御に近い、精密な職人仕事のイメージがある。いいかえると、目標値を設定して、そこからブレないように運転していくのが、コントロールである。

プロジェクト・コントロール・マネージャー(PCM)の主要な業務は、コストとスケジュールのコントロールだ。すなわち、プロジェクトの2大KPIの設定と、その測定が仕事である。もっともモダンPMの教科書を見ると、ほかに品質コントロールやスコープ(変更)コントロールも、対象範囲のように書いてある。だが、エンジ業界では多くの場合、コストとスケジュールがPCMの主要な任務と考えられている。

では、コストとスケジュールのコントロールの主要目的とは何だろうか。それはズバリ、プロジェクトの着地点予測である。すなわち、「このプロジェクトが完了するのは、いつなのか? そのとき完成時の総コストはいくらになるのか、果たして儲かっているのか?」を予測することである。

もちろん、計画時のベースラインと現状が一致しているかどうか、差異分析を行い、問題があれば是正措置を考えてPMに提案するのも、PCMの大事な役割だ。だが、是正措置にはたいてい、時間やコストがかかる。なので、「どれだけ時間とお金が残っているのか」が分からなければ、適切な判断はできない訳である。

それでは、コストに関する着地点は、どうやって予測するのだろうか。当たり前だが、

  • 完成時の総コスト = 現在までに使ったコスト + これから使うコスト

です。

そして「すでに使ったコスト」は集計可能だし、それを集計するのがPCMの大事な仕事である。では、「これから使う(だろう)コスト」は、どうやったら見積ることができるのか?

今、あるプロジェクトが途中まで進んでいるとしよう。元々の実行予算表では、コスト合計は100億円だったとする。さて、現時点までに完了したActivity (Work package)の、実績出費(これをACと呼ぶのだった)を集計すると、60億円になった。

そして、まだ残るActivityの費用見積を、実行予算表から拾い出して、足し合わせると50億円になるとしよう。

ちなみに、これから使うコストを、Cost ETC (Estimate to complete)と呼ぶ。そして完工時コストは、Cost EAC (Estimate at completion)と呼ぶ約束である。すると、上の式を記号で表すと、

  • Cost EAC = AC + Cost ETC

になる。じゃあ、プロジェクトの完工時コストは、60 + 50 = 110億円でいいだろうか?

そうは行かないのである。なぜなら、ここにはプロジェクトを現時点まで遂行してきた際の、現実の状況が反映されていないからだ。

たとえば、実績出費 AC = 60億円だが、完了したActivityの、元々の実行予算表での見積値は、48億円だったとする。これは、「48億と見積もっていたコストが、実際には60億かかってしまった」という現実の状況が示されている。

別の言い方をすると、現時点でのプロジェクトの出来高 EV = 48億円、ということを示します。

そこで前回ご紹介した、Cost Performance Index (CPI)を計算すると、

  • CPI = EV / AC = 48 / 60 = 0.8 

ということになる。これがプロジェクトの費用的なパフォーマンスの、現実の状況を表す。

ということは、残っているActivityの費用も、当初見積の50億円ではすまず、おそらく、50 / 0.8 = 62.5 億円くらいかかりそうだな、という事がわかる。つまり、プロジェクトのコスト的な着地点は、

  • Cost EAC = AC + Cost ETC = 50 + 62.5 = 112.5 億円

という事になりそうだ。少なくとも、コストだけを見ている財務会計担当者なら、そう考えるだろう。

・・だが、いやいや、実はこの話はもっと奥があるのだ。それは、スケジュールの遅延に伴う費用である。

自社内で発生する人件費(Man-Hour cost)も、外注先や現場の労務費も、実際には工数に対して費用が発生する。かりに材料や図面の手待ちが生じて、実質的には何も仕事をしていなくても(できなくても)、待ち時間分のコストは発生する。スケジュールが遅れると、生産性も下がるのである。この分のコストはどう見たら良いだろううか?

EVMSでは経験的に、これから使うコストは、残りの費用見積額を、CPIとSPI (Schedule performance index)の両方で割った数値を使うのがいい、とされている。つまり、コスト効率性とスケジュール効率性の両方を考えろ、ということである。ここでSPIとは、

  • SPI = EV / PV

で計算される指標だ。

本プロジェクトでは、現時点(Time-now)までに、PV = 64億の進捗がある計画だったとしよう。すると SPI = 48 / 64 = 0.75になる。すると、プロジェクトのコスト的な着地点は、

  • Cost EAC = AC + Cost ETC = 50 + 50 / (0.8 * 0.75) = 133.3 億円

という推算になりそうだ。(なお、実際のエンジ会社のプロジェクトでは、こんな概算的な計算ではなく、F-WBSのカテゴリーごとに、もっと緻密な推定を積み上げて行う。ここでは分かりやすく簡略化したご説明をしている)
モダンPMへの誘い ~ プロジェクト・コントロールの目的とEVMS_e0058447_14394715.png



<関連エントリ>
「モダンPMへの誘い ~ EVMSで使うプロジェクトのKPIとは」 https://brevis.exblog.jp/30815670/ (2024-02-19)
「わたしはなぜ、『プロジェクト管理』という言葉を使わないのか」https://brevis.exblog.jp/26270824/ (2017-12-18)


# by Tomoichi_Sato | 2024-02-25 14:40 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

モダンPMへの誘い ~ EVMSで使うプロジェクトのKPIとは

アーンドバリュー(出来高)を用いたプロジェクト状況の把握と分析について、もう少し続けよう。

従来の予実管理手法では、PV(予定出費)AC(実績出費)を単純に比べるだけだった。これは、定常業務に関する予算ならば、十分有効だろう。部門のコピー経費などをおいかける目的には、この手法でも問題はない。

しかしプロジェクトの場合、そうはいかないのだ。プロジェクトという業務の特徴は、「終りがある仕事」である点だからだ。そのため、プロジェクトでは『進捗』という概念が必要になる。部門のコピー経費に、「進捗」を問う人なんていない。だが、プロジェクトは終わるために努力する仕事のため、つねに進捗が問われる。

そして、PVとACを単純に比較するだけでは、コストによる変動と、進捗による変動の、両方の要素が入ってきてしまうため、正しく現状認識ができない問題点があった。コストをうまくコントロールできている状況であれ、進捗が遅れている問題状況であれ、どちらも PV > AC という結果が出てしまう。だから、良いかまずいかの判断ができないのである。

EVMS(Earned Value Management System)のポイントは、EV(出来高)を基準にして、
「EVとPV」の比較、
「EVとAC」の比較、
という形にする点にある。これによって進捗の差異と、コストの差異を区別できるようにするのである。

少し分かりにくいかもしれないので、次の表を見てほしい。
モダンPMへの誘い ~ EVMSで使うプロジェクトのKPIとは_e0058447_10570568.png

従来の予実管理手法で使ってきたKPIは、予定出費(PV = Planned Value)と、実績出費(AC = Actual Cost)だった。

ところで予定出費PVというのは、予算で想定した金額を用い、その出費のタイミングも、スケジュール計画で予定したタイミングで計算する。その一方、実績出費ACは、現実に出ていった金額を計上し、かつ、その計上時点も、実際のタイミングに従う。

だから、予定出費PVと実績出費ACを直接比較しても、その差が金額による差なのか、タイミングの違いによる差なのかが、判別できないのである。そこでEVMSでは、あえて『出来高』EVという、人工的なKPIを導入する。このKPIは、金額は予定していた金額を用いるが、計上するタイミングは現実のタイミングに従う、というものだ。

したがって、予定出費PVと出来高EVを比較すれば、金額は同じだから、その差はタイミングの違いを示すことがわかる(図の右側の「進捗比較」の矢印)。同様に実績出費ACと、出来高EVを比較すると、両者のタイミングは同じだから、その差は金額の差を示すわけである(図の右側の「費用比較」の矢印)。

ちなみにEVMSでは、「EVとPV」の差を、 「スケジュール差違」SV (Schedule Variance)と呼ぶ。これも重要な導出指標KPIである。具体的には、

  • EV– PV = SV (Schedule Variance) 

が、その定義である。この値がプラスならOK、マイナスは遅れを示す。

また「EVとAC」の差を、「コスト差違」CV (Cost Variance)という。これも重要な導出指標KPIの一つだ。

  • EV– AC = CV (Cost Variance)

CV (Cost Variance)がプラスならOK、マイナスだったら赤字状態にあることを意味する。

どちらも、EVを基準にして、他の値を引くのだと覚えておいてほしい。プラスだと良い状態、マイナスだとまずい状態を示す。

モダンPMへの誘い ~ EVMSで使うプロジェクトのKPIとは_e0058447_10570067.png

ところで「EVとPV」「EVとAC」の差分ではなく、両者の比を取る指標というのも、時々用いる。前者をSPI(Schedule performance index)、後者をCPI(Cost performance index)と呼ぶ。

  • SPI = EV / PV
  • CPI = EV / AC

これらの指標は1より大きければGood、小さければPoorという事になる。

差を取ろうが、比を取ろうが、違いがわかれば充分じゃないか。なぜ2種類もあるのだ? と思われたかもしれない。だが、もちろん用途が違うのである。

比を用いるKPIは、どんな時に使うかと言うと、プロジェクト・コントロールの大事な目的である、Cost EACの推測、つまり着地点予測に使うのである。これについては、稿を改めて、また書こう。(→この項続く

<関連エントリ>
「モダンPMへの誘い ~ 『出来高』(EV)をマネジメントに導入する」 https://brevis.exblog.jp/30759325/ (2024-01-22)


# by Tomoichi_Sato | 2024-02-19 11:01 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)