欧州におけるIndustry 4.0 − その虚像と実相(1)

「フィンランドの大学では、受講している科目は何度でも試験を受け直せる、ってホントですか?」−−先月、ヘルシンキで会ったA先生に、わたしはたずねてみた。答えは、”yes”だった。毎月、試験日がある。事前に登録しておけば、会場で、複数の科目の試験を受けられる。そうして、自分が納得いく成績を取れるまで、何度でも繰り返しチャレンジすることができるのだそうだ。ただし教授の側は毎月、試験問題を出す訳だから、大変だろう。それでも、納得できるまで学べる。随分と教育を重視した制度だ。

そもそもフィンランドの大学は、4年で卒業する制度ではないらしい(年限は一応10年以内とか)。学費は交通費も文房具代まで含めて、無料である(小学校から大学まで)。だったら皆が大学に殺到するかというと、そうでもないようだ。卒業はそれなりに難しい。また、大学以外にポリテクニックなど職業訓練校の存在もある。フィンランドの教育制度は近年、日本でとみに話題になったが、良し悪しや比較の議論以前に、教育に関する考え方がかなり違う、としかいいようがない。単線のエスカレーターではなく、乗り降り自由な複線みたいな印象だ。少なくとも、日本の東大・京大を頂点としたピラミッド構造とは、随分違う。

こうしたことは、現地に行って、いろいろ見聞きしてみないと分からない。よく「百聞は一見にしかず」というが、とくに社会的な仕組み(システム)のことに関しては、そうである。

5月末から6月にかけて、ドイツとフィンランドに、短い出張に行ってきた。その時に見聞きして考えたことを、報告したい。まさに百聞は一見にしかず、の旅であった。出張の目的は、次世代の工場のエンジニアリングに関する我々のビジョンを発表すること、ならびに『Industry 4.0』の震源地であるドイツでの実相を調べること、の2点だ。

最初の目的のために、フィンランドで開催された"Manufacturing Performance Days 2017”(略称MPD 2017) https://mes.eventos.fi/event/mpd2017/pages/programme というカンファレンスにまず参加した。場所は、フィンランド第二の都市、タンペレ(Tampere)である。ここは首都ヘルシンキから高速鉄道で1時間半、東京と静岡くらいの距離にある工業都市で、湖水地帯にある。この町をはさむ二つの大きな湖の間に6mの落差があり、これを利用した水力発電設備が、町の発展の基礎となった。
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本カンファレンスには、昨年、自分が主催する研究部会のメンバーであるKさんの紹介で、来日したタンペレ工科大学のTuokko名誉教授にお目にかかったご縁があって、発表枠を得ることができた。このMPD 2017とは、小さな規模ながらレベルが高い国際会議と展示会で、今回が10年目である。ちょうどフィンランド建国100周年に当たるとかで、過去最高の約800名が参加した。主な参加者は:
- 大学および国立の研究機関(たとえばドイツのフラウンホーファー研究所や中国科学院)、
- 産学連携組織(欧州には各国にあり活発)、
- 企業:地元フィンランド企業に加えて、Siemens, SAP, Daimler, Bosch, Beckhoffらドイツ勢。さらに米GE, 仏Dassault, 米McKinsey, 英Rolls-Royce, スウェーデンのVolvoなど錚々たる企業が参加している。

ちなみに日本からは、我々日揮と、IVI(「つながる工場」で知られる日本の組織"Internet Valuechain Initiative")のエバンジェリストとして、富士通の高鹿さんが参加された。

それで、佐藤が何を講演発表したかというと、およそ以下のような骨子の話である:

(1) IoT技術の進展、およびIndustry 4.0に代表される社会的要請の二つの導因(ドライバー)により、これからの工場のあり方は大きくかわる。
(2) すなわち、中央制御室を持つ、より統合された「システムとしての工場」に進化する。
(3) そうなると、「工場のシステムズ・エンジニアリング」が必要になる。
(そして、そこにはプロセス産業での教訓も活かされるだろう)
(4) そこで、我々はその確立を目指して活動していく。

といった主旨だ。詳しくはいずれ項を改めて書くつもりだが、講演資料はネットからすべて公開されているので、興味がある方はご参照いただきたい。
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カンファレンス全般の感想を少し書いておこう。まず印象に残った発表・展示としては、
- Siemens社のIoTプラットフォームであるMIndSphereの発表デモ
- タンペレ工科大学のMinna Lanz教授によるMESの連携システム構想
- アールト大学によるIoTを使ったクレーンのスマート化実験
- GEのドイツ自社工場における"Brilliant factory"実践取組みの報告、
などを代表例としてあげておきたい。

ただし、IoT技術レベルのテクニカルな話題と、Industry 4.0関係のハイレベルな議論が多く、中間の「工場レベル」の話が少なかった。強いてあげるなら、GEの事例に加えて、我々日揮とIVIの日本勢の2発表くらいかもしれない。ここは一種のミッシング・リンクになっていると、わたしは感じた。

最終日には、タンペレ工科大学の見学もさせていただいた。人口20数万人の工業都市の大学ながら、工学系研究のレベルが高いのには目を見張った。キャンパスに着くと、完全自動運転のマイクロバスが構内を走っているのに気がつく。すでにこのレベルでは実用に供しているのだ。いくつか研究室を見せていただき、院生達とディスカッションもしたが、実験設備も研究内容も世界レベルである。ここでわたしは、はじめて金属3Dプリンタの実物を見た(院生が実験で使っていた)。

たまたま見学したのが機械系学科だったこともあるだろうが、ロボティクスや建機の自動運転研究などが面白かった(写真は多軸ロボットとヒューマンインタフェースの研究を解説するManz教授)。フィンランドは林業の国でもあり、建機メーカーもあって実際的である。ちなみにカンファレンスでは、英Rolls-Royceと共同した、船舶の自動運転研究がトピックになっていた。フィンランド政府が、海面での規制を緩和し、船の自動航行の実験を可能にしたのである。(ついでにいっておくと、日本ではロールス・ロイスを超高級自動車メーカーだと思っている人が多いが、むしろ英国の三菱重工みたいな存在だと思えばいい)
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またタンペレ工科大学を含むフィンランドで、生産マネジメント分野の研究もしっかりしている点に感心した。スコープが広く、製造業全体の問題として考えている。これに対し日本では、近年この分野の専門家がほとんど大学にいなくなってしまった。品質管理や在庫・スケジューリングといった個別の専門家は、いるにはいるのだが、Industry 4.0のような広い文脈で、全体を語れる研究者がいないのだ(たぶん論文になりにくいからだろうが)。

大学は企業とも距離が近く、共同研究を多く行っている。上記の設備なども、企業(フィンランドだけでなくドイツ企業なども含め)との共同研究で購入しているようだ。企業は資金と機材を提供し、大学は人手と知恵を提供するサイクルが、うまく回っている。もっとも、フィンランドという国は現在、「ノキアの次」を、皆が探している感じがする。ノキアは世界市場を相手にした大企業であったから、それだけ喪失感も強いのだろう。

ところで、MPD 2017でいろいろな講演者や出展企業の人びとの話を聞くうちに、わたしはあらためて、欧州製造業におけるドイツの影響力の大きさを実感するようになった。北欧の辺境に位置するフィンランドだけでなく、スウェーデン、フランス、ベルギー、スペイン、オランダなどからの参加者とも話したのだが、その感は強い。それはたぶん、ドイツの製造大国としての存在感としてよりも、むしろ、Industry 4.0に代表される構想力と、システマティックで重厚な進め方のためだろうと感じる。

ドイツの重厚な進め方とは、どんなものか。たとえば、少し前に英国で「人工知能は将来、人間の47%の仕事を置き換える」というショッキングな研究が出された。これは日本でも話題になったが、欧州でも当然、驚きを持って受け止められた。ところでドイツでは、この問題に関して、追検証のスタディを複数の研究機関に委託した(ドイツは連邦制なので、各地の州政府が独立して動く気風がある)。

その追試研究の結果の数字はまちまちながら、ドイツでは「せいぜい1割程度」という答えとなった。それでも、その報告を重く見て、ドイツは「雇用(Arbeit) 4.0」という次の国家プロジェクトを始動した。同じ時期、日本では、この研究を客観的に再評価する指令を、国や財界が学会に下したという話を聞かない。むしろ47%という数値を、あちこちの人が我田引水や威かしのために、メディアで触れ回った印象しかない。

この例でも分かるとおり、ドイツではどうやら産→官→学のサイクルがきちんと回っている事と、総合的で実証的なアプローチによって、説得力があるのである。行く前は、正直言ってそんな風には想像していなかった。この点は自分の不明だった。しかし、それならドイツにおける製造業の実態はどうなのか?

それを知るために、カンファレンスの後、わたしはドイツに向かったのである。だが長くなってきたので、この話の続きは、また書こう。


# by Tomoichi_Sato | 2017-06-25 22:54 | 工場計画論 | Comments(0)

「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」(7月6日)開催のお知らせ

** 急告 **
講師急病のため、講演日程を延期させていただく可能性が高くなりました。新しい日程が決まり次第、あらためてご案内します。
ご迷惑をおかけしますが、あしからずご了承ください。
(6/27 佐藤知一)
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プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」2017年の第3回会合を、下記の要領にて開催いたします。

今回は、雪印メグミルクの松本卓夫様を講師にお迎えして、同社の企業再生のプロジェクトについてご講演いただきます。

ご承知の通り、旧・雪印乳業を中心とした雪印グループは、2002年に企業存亡の危機を迎えます。四面楚歌の中、会社に残られた方々は、生産と物流をカバーするサプライチェーンの改革に、収益回復と業績再生の希望をつなぎます。

その渦中を奔走し、改革プロジェクトをリードされた当事者である松本様から、具体的なお話を頂戴します。ある意味で、我が国が必要とするプロジェクト・マネジメントの生きた姿を示すと言っても過言ではありません。サプライチェーンの改革と企業の復活はどのようなものか、興味深いご講演に、ぜひご期待ください。


<記>
■日時:2017年7月6日(木) 18:30~20:30
■場所:慶応大学三田キャンパス 北館会議室2(1階) (定員:28)
※プロジェクターあり
キャンパスマップ・【1】

■講演タイトル:「雪印メグミルクのSCM構築と統合工場(阿見工場・総合物流センター)建設の概要

■概要:
雪印メグミルクでは雪印乳業時代の2003年から2009年にかけてSCMシステムの開発導入と業務改革を実施し、大きな収支改善を実現した。また、さらに高度なSCMの実現のため既存3工場を集約した乳製品統合工場と原料・製品保管と保税機能を有する総合物流センターを建設し、サプライチェーンの全面見直しによる収支基盤の強化を実現した。これらの取組みとプロジェクトの概要を述べる。

■講師: 雪印メグミルク(株) 松本卓夫(まつもと たかお)様
■講師略歴:
1981年 早稲田大学 理工学部 工業経営学科卒業
      雪印乳業 入社
      福岡工場 本社 技術部 装置技術部 SCM推進部 物流部
2007年 本社 生産部 担当部長
      生産設備 企画導入施工・装置開発・SCMシステム開発 総括
2011年 会社合併により、雪印メグミルク 生産技術部 副部長
2012年 乳製品統合SCMシステム構築プロジェクト統括マネージャ
      阿見工場システム構築・阿見総合物流センター建設
2015年 生産技術部 装置開発グループ 副部長
      生産設備技術開発・FA開発導入・SCM開発 総括

■参加費用:無料。 ちなみに本研究部会員がスケジューリング学会に新たに参加される場合、学会の入会金¥2,000が免除されます。

会場の人数に上限があるため、参加を希望される方は、できましたら前日までに三好副幹事(miyoshi_j@kensetsu-eng.co.jp)までご連絡ください。
以上、よろしくお願いいたします。


佐藤知一@日揮(株)


# by Tomoichi_Sato | 2017-06-24 12:11 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

怒りやすい人びと・怒っていると気づかない人びと

近所の通りを歩いていたら、信号が黄色から赤に変わりはじめたのに、交差点に突っ込んできた乗用車があった。強引に右折して進んでいく。歩道近くの歩行者たちは、あわてて身をひき、皆がひやりとした。車のドライバーは、年配の男性だった。みたところ団塊の世代くらいか。車種はそれなりの中型車だった。

何を怒っているのだろう。わたしは思った。あきらかに、何かに腹を立てているかのような、乱暴な運転だった。別に渋滞でもなく、忙しい通勤の時間帯でもない。だから別のことに腹を立てているのだ。

それにしても、彼は何に怒っているのか。立派な車も持ち、たぶんきちんと家庭もあり、年齢から見て、日本の高度成長の栄光と共に生きてきたはずだ。年金だって、それなりにもらっているだろう。多くの若い人から見れば、うらやむべき境遇ではないか。

もちろん、日常生活には腹の立つ場面はたくさんある。出がけに夫婦げんかでもしたのか、あるいは、好きなチームが夕べ大敗したのか。それとも愛する日本が国際競争力ランキングで先進国中、最下位になったニュースでも見たのか? だが怒りの原因が何であれ、いったん人前に出たら、それに飲まれない分別を身につけているはずの年配ではないか。別のところで腹いせするなど恥ずかしい——それが大人だろうに。

別の経験もある。会社帰りにある店に入ってカウンターに座り、好きなギネスの黒ビールを頼んで、本を読んでいた。すると突然、近くにいた男性(彼もたまたま団塊の世代のようだった)が、「貴方は明るい方ですか、暗い方ですか?」とわたしに問いかけてきた。わたしは一瞬、訳が分からず目をぱちくりしていたと思う。冗談めかしていたが、難詰する口調だ。すぐに、“こんな洒落た店なのに一人で暗く本なんか読みやがって”、と相手が思っているらしいことが見て取れた。余計なお世話ではないか。するとマスターが(その店のマスターが英国人だった)割り込んできて、「この人はこうして静かに飲むのが好きなんでしょう」と取りなしてくれた。

この男性も、わたしに腹を立てたらしい。だが、なぜ? 飲み屋で一人、本を読むのは彼の美学には適わないかもしれないが、迷惑をかけた訳でもない。彼は本当は何か別のことに怒っているのに、はけ口を、たまたまわたしに向けたのだ。

話を、ちょっとだけビジネス方向に向けよう。以下に紹介するのは、ITエンジニアが好む話題=『生産性』をめぐる問答だ。好むといっても、わたしの体験では、多くのITエンジニアは生産性というモノサシを信じていない。かわりに、「できる奴はできない奴の10倍、生産性が高い」「いや、30倍だ」「100倍だよ」「できない奴はゼロなんだから、無限大さ!」と言う風に、モノサシの客観性を無力化する会話を好む。仕事に費やす時間と成果は無関係、天才画家が一瞬のひらめきで創作するようなものだ、という逸話がいいらしい。

——生産性が人によって10倍違うというお話ですけれど、では、参考までに具体的に測った個人別の数字かグラフを見せていただけませんか?
「そんなものは別にありませんよ。こういうのは感覚論ですから。」
——そうですか。でも感覚論だけでは、こまる事もありませんか?
「ま、人の評価というか査定はね、やはり主観で決めるしかないと思いますよ。でも特に不都合はありません。」
——査定はそうでしょう。ですが、顧客が画面を10枚追加しろと急に追加要求してきたとき、生産性の基準が無かったら、どれくらい余計に時間がかかるのか、現有人数で足りるのか、答えられますか?
「そういうのもケースバイケースですね。経験の問題です。」
——ははあ。でも以前から、FP(ファンクション・ポイント)法とかCOCOMOとか、定量的見積手法が提案されていると聞いていますが
「そんなの実務には使えませんよ。ブレが大きすぎてね。」
——うーん・・では、どうやってプロジェクト全体の期間や工数の見積をされるんですか。
「教えてあげましょうか。それはね、ウチの場合、営業マンが上の者と一緒に、表を作るんです。横軸に月数をとって、基本設計や実装といったフェーズごとに、毎月何人くらい動員するか、サブチーム単位で人数を記入して、掛け算すれば工数が出ますから。」
——ああ、マンニング(配員)の表ですね。しかし、その表を作るにしても、システム規模から見て基本設計は3ヶ月でいいとか、設計SEは10人で足りるだろうとか、何か推算はされているはずです。その基準は何ですか?
「(とつぜん怒り出して)そんなの知りませんよ! 営業が勝手に見越して決めてくるんだ! こっちがどんなに苦労しているか知りもしないで、競争に勝てないからって無理に値引きまでして。いい加減にしてくれってんだ!」

日頃から我慢にガマンを重ねて不合理に耐えつつ、そのことを口に出せずに過ごしている人は、あるきっかけで急に怒り出すことがある。怒るなら、本当はその理不尽な上司だか営業だかに向かって訴えればいい。だが組織人ゆえに、感情を押し殺している。自分の気持ちを、見て見ぬふりをしている。そうすると、憤懣の感情が圧縮されたガスのように溜まっていて、直接関係ない方向、本来の理路を指摘した第三者に向けて、突然吹き出すのだ。

エンジニアの生産性を測定するのが難しいのは、事実である。そして多くの知的作業従事者は、自分の生産性を他者に規定されたくないし、ましてや、測って給与を査定してもらいたいとも、思うまい。

しかし、だから生産性は定義できないのだとか、測定しなくていいと考えるのは、プロジェクト・マネジメントの観点からは、全く別である。作業対象の規模のスケールと、生産性の基準が無ければ、工数の見積ができない。見積れなければ、マネーを稼ぐことができず、安定したビジネスが成り立たない。ビジネスが成り立たなければ、エンジニアが落ち着いて技術に打ち込む仕事ができないのも、道理ではないか。もし営業部門がバカでなかったとしたら、見積のブレは逆に、技術屋の側にふりかかってくるのだ。

だが、どこかで、そういった「不都合な論理」は自分の心からシャットアウトして、考えないようにしてきたのだろう。自分の中でひそかに『思考停止線』を引いている人びとは、しかし、いつのまにか次第に、この世は理不尽だ、自分は不当に扱われている、と思い始めていく。

あるとき聞いた精神科医の講演によると、怒りには実は三種類あるらしい。3つのモード(様相)があるのだ、という。それは、一過性の普通の怒りと、蓄積された抑鬱性の怒りと、冷えた軽蔑の怒り、である。

最初のタイプの怒りは、イライラやムカッとした感情で、放っておくといつかは発散し沈静化する。これは普通の感情で、誰にでもあるし、生きものとして正常な防御反応であるとも言える。何か問題が生じていることを、自分や周囲に気づかせるのだ。

二番目の怒りは、とくに朝、顕著に生じるものらしい。ああ! また一日がはじまるのか。なんでこの世はこんなにしんどいんだ! 起きるとそう感じて、うめき声を上げる。継続的な恨みや怒りが原因となる抑鬱、暗さである。これは普通、怒りとは意識されない。また、起きて活動するのが非常に億劫である。だいたい鬱の傾向のある人は、朝が辛い。朝は調子いいのに、毎日午後から暗くなっていく人は、まず、いないのだそうだ。

三番目は、やたらと他人をバカにする軽蔑である。日常的・習慣的な軽蔑の態度が、薄められた怒りの一種であることは、はじめて知った。軽蔑は誰にもありうる感情だが、これは心の体温を下げていく性質がある。怒っているのに、自分が怒っていることに気づかせない、いつわりの感情らしい。そして心の病態としては、要注意なのだという。

こうした病態を持つ、怒りやすい人びとには、病識がない。つまり、自分の怒りがこじれてしまっていることに、自覚がない。この人達の心の中には、おそらく、自分は社会から正当に扱われていない、という怒りが伏流しているように思われる。(もっとも、「自分は社会から十分すぎるほど正当に評価されている」と感じる人など、世の中にほとんどいないと思うが、そこは程度の問題だ)

そして、少しずつ他者への攻撃性が高まっていく。普段の日常では栓をして押さえ込んでいるが、何かの機会で噴出する。聞いた話だが、ある種の不祥事を起こした企業がいると、そこの代表番号めがけて、直接被害を受けた訳でもない人びとから、大量の抗議の電話がかかってくるものらしい。とくにTVワイドショーなどで取り上げられると、クレーム電話は一層エスカレートする。なんであれ、他者に「不正義」があり、非難してもいい理屈がつくと、群がる人達がいるのだ。道徳や正義の顔をした、一種のいじめである。

それで、どうしたらいいのか。わたし達が怒りをこじらせないためには、何か手立てはあるのか。

わたしは専門家ではないし、人それぞれに状況は違うと思う。そこで、これから書くのは、わたし個人の考えであることをお断りしておく。

まず、自分の感情に注意を向けることが、第一歩だろう。あ、自分は腹を立ているな、と気づくことだ。これは、言うほど簡単ではない。強い感情の波は、たいてい自分自身を巻き込んでしまい、客観的な味方を難しくするからだ。それでも、練習すれば、少しずつは気づけるようになるのではないか。

また、そのためには、他人の感情にもよく気づくよう、練習するのも一法ではないだろうか。他人の感情に気づきやすくなれば、自分の感情に対する感度も上がるに違いない。

なお心理学者によると、女性の方が男性より感情的に見えるが、案外、自分の感情を見ているもう一人の自分が、心の中にいたりするらしい(わたしは女性の心理は全く不案内なので、受け売りである)。

そして、「感情は育てるものである」という認識を持つことが、第二歩ではないか。こういうことを、わたしは子どもの頃に教わったことがない。だが知的能力が育てるべきものであるのと同じように、感情も大切な心の働きであり、やはり育てるべきものなのだ。情操教育という不思議な言葉があるが、大人になっても、自分の情操を豊かにすることは、必要なのである。

そして三歩目。それは「感情をコントロールする能力」を身につける・・ではない。ここが、一番のキモなのだ。わたし達の文化では、感情は押し殺すものだ、と繰り返し(無言で)教え込まれる。義理や社会の掟に従うために、腸が煮えくりかえりそうでも、それを表に出さずに堪え忍ぶのが立派である、と。そういうドラマを、歌舞伎の「寺子屋」から東映ヤクザ映画まで、いろんなバリエーションで繰り返し提供される。

おまけに、西洋、とくにアメリカ流の近代市民社会の倫理が、「感情より理性」「感情的になってはいけない」と教えている。これをわたし達は近代に、直輸入してしまった。先生方はいまでも、学校でこの建前を教えている。さらに最近の米国流「ポジティブ・シンキング」は、怒りというネガティブな感情を忌避する傾向に、輪をかけている。

だが、わたし達は、あまりにこうした教えに従順すぎたのではないだろうか。押さえ込み、無視した感情は、心の深層に潜り込み、いつか爆発する時を待っているのではないか。わたし達は上手に感情をコントロールできるほど、まだ大人ではないのではないか。それを、素直に自覚すべきではないか。

怒るべきときには、怒るべき相手に、ちゃんと怒る方がいい。それがわたしの考えである。直接相手にぶつけるのが社会的に無理なら、そのあと一人になった時でも、あるいはその日、寝る前でもいい。心の中で、いったん止めてしまった感情を追体験する。正しい対象に対して、ちゃんと感情を解き放つ方が、人間らしい。そうすれば感情は一過性の波として、心の中を去っていく。変に感情を抑えようとすると、むしろろくな事にならない。

それでも気持ちがざわつくときは、ときに短い瞑想をすると効果的だ。心を落ち着かせ、短くても静かな時を過ごすことは、わたし達に心のレジリエンシーを回復させてくれると感じる。

わたしがこんな事を書くのは、わたし自身が、短気で怒りやすい人間だからである。とくにわたしは、利口なふりをして底の浅い会話、論理的なふりをして理屈の通らない説明が、大嫌いである。そういう場面にあたると、つい、強い尋問口調の問いかけをしてしまう。つまり怒ってしまうのだ。だが、自分が怒っていることを自覚できない。自分は正当なことを言っているつもりでいる。

でも、論理的なつもりで、じつは感情的になっている人間ほど、はたから扱いにくい者はない。こうして無用に、人間関係を傷つけてしまう。これで人生、どれだけ損をしたことか。まったく頭を抱えたくなるほどだ。

こうした感情的欠点に気づくようになったのは、本当につい最近のことだ。もっと前に理解していれば、もう少し尊敬される人間、いや、せめてもう少し親しみやすい人間になっただろうに。だから怒りについて、自戒を込めて書いているのである。

成長に価値を見いだせる人は怒りにくい、という。そうだろうな。怒ること自体は、わるいことではない。だが、上手な怒り方と、間違った怒り方があるのだ。目の前のことに怒るのではなく、自分の本当の問題原因に対して怒る方がいい。わたし達は情緒的な文化を持っているのだから、もっと感情という資源を大切にすべきだ。そしていつわりのそして感情に自分が振り回されるのは、避けた方がいい。だからわたし達は、感情に関する小さなスキルを身につけるべきなのである。自分の感情を、ひどくこじらせてしまう前に。


# by Tomoichi_Sato | 2017-06-17 09:24 | 考えるヒント | Comments(0)

講演発表のお知らせ:「ディスクリート型工場におけるプロセスシステムの設計」

直前のお知らせになり恐縮ですが、来週6月21日(水)に、東大で講演をいたします。
化学工学会の研究部会であり、かつ日中の開催ですが、製造業の今後を考える上で超重要なことをお話ししますので(大げさ? ^^;)ご都合がつく方のご来聴をぜひお待ちしております。非会員でも参加できます。また、いわゆる化学プラント業界以外の方のご参加もお待ちしております。

主催:化学工学会 システム・情報・シミュレーション部会 統合化工学分科会
日時:平成29年6月21日(水)10:00~12:00
場所:東京大学工学部3号館大会議室3(6B04号室)
会議室は建物の6階です。

テーマ:「ディスクリート型工場におけるプロセスシステムの設計

プログラム:
(1) 10:00 - 10:10 総合案内 平尾雅彦・杉山弘和(東京大学)
(2) 10:10 - 10:40 話題提供
日揮株式会社 佐藤 知一氏
「ディスクリート型工場におけるプロセスシステムの設計」
(3) 10:40 - 12:00 ディスカッション

講演要旨:
エンジニアリング会社の立場から、通常のプロセスプラントと、固体の加工組立を行うディスクリート型工場を比較すると、種々の際だった違いを見いだす。これをシステム工学の見地から分析し、両者が「密結合なシステム」と「モジュラーな集合体」と見なせることを示す。
さて、最近のIoT技術の進歩と、Industry 4.0の要請などのインパクトは、ディスクリート型工場に根底的な変化をせまる契機となっている。将来、どの工場も中央制御室を持つようになるだろう。このような変化に対応するためには、工場設計の手順を再考する必要がある。その上で、人工物のシステムの分類と、システムズ・エンジニアリングの(再)構築について論を進めたい。

ディスカッションの時間を多めに取っているのは、研究会の方向性についても議論する場とするためです。
参加を希望される方は、できましたら今週中に佐藤まで(勤務先へのメールにて)ご連絡ください。

よろしくお願いします。


佐藤知一@日揮(株)


# by Tomoichi_Sato | 2017-06-14 07:28 | 工場計画論 | Comments(0)

BOM(部品表)で苦労する会社、得する会社

よくセミナーなどで、「マネジメントとはどんな仕事でしょうか?」と問いかけると、「PDCAサイクルを回すことです」という答えが返ってくることがある。とくに製造業では、継続的改善のためのデミング・サイクルが、全員の頭にまことによく刷り込まれている。これ自体は立派なことだと思う。

だがPDCAサイクルを回すことだけが、マネジメントのすべてではない。そこは誤解してもらいたくない、と思う。なぜなら、企業の中には、一過性の仕事というのも多数存在するからだ。新製品を設計する、試作品を検査する、特注品を製造する、新工場を海外に開設する・・こうした仕事はすべて、一過性である。PDCAサイクルは、繰返し性のある仕事を、さらに高いレベルに改善していくことで、だからCheckとActionが入っている。じゃあ繰返し性のない一過性の仕事は、どうしたら良いのか?

一過性の仕事を計画すること、実行可能にすること、再利用可能にすることも、またマネジメントの機能である。わたし達の社会では、量産型の時代は終わって、ますます個別性と一過性の高い仕事の比率が増えてきている。それをどうマネージ可能(Manageable)にするか、という問題に、もっと真剣に立ち向かう必要がある。それはBOMをめぐる状況に、典型的に現れていると思う。

BOM(部品表)は何のためにあるのか?

BOMとは、マテリアルのリストのことである。これは拙著『BOM/部品表入門 (図解でわかる生産の実務)』にも書いたし、このサイトでも繰り返し触れていることだ。マテリアル(資材部品)のリストを持たない製造業は、ない。資材の買い物をするのに必要だからだ。製造業はモノを加工変形し付加価値をつけるビジネスのことである。だからBOMを持たない製造業などというのも、存在しない。

それなのに、「ウチもそろそろBOMをちゃんと整備しなければ・・」とつぶやく会社が存在するのは、なぜなかのか? それは、以前も触れたように、BOMデータベースについての問題意識を感じるからだ。つまり、単なる使い捨てのリストではなく、再利用可能なマスタとしてのBOMデータベースの必要性と有用性、である。一過性の仕事を再利用可能にすること。これはマネジメント機能の一つである。そして、当たり前だが、BOMデータベースの必要性・有用性が、作成し維持する手間を上回るならば、持つ価値がある。

では、BOMデータベースの有用性、つまり目的とは何か? 端的に言って、ストラクチャー型(構造型)のBOMマスタは、部品展開(工程展開)と製造オーダー発行のために用いられる。これがあれば、生産オーダー(すなわち製品単位の生産数量指示)を、工場の各工程・作業区単位の細かな指図(製造オーダー)の束に、律儀に機械的に正確に展開してくれる。これを手作業でやるのは大変だ。もちろん、製造指示などなしでも、職人が勝手に判断して作ってくれる職場もあるだろう。だが職人が数百人もいたら、正確な指示なしでは動けない。指示を出せば実績が上がってくるのが常であり、そのデータは工数や材料費を通じて、コスト計算と、スケジュール推算のベースになる。計画可能になるのだ。

ここでいうストラクチャー型部品表とは、別名「製造部品表」(=M-BOM)と呼ばれるものだ。親部品と子部品の数量関係が規定され、それがどのような工順(作業の並び)を通してできあがるかが、紐づけられている。このM-BOMがマスタ化される目的は、つまり製造現場の計画と指示のためである。そしてM-BOMの作成の起点は、「設計部品表」(E-BOM)にある。

設計部品表=E-BOMは、もともと、製品組立図に表示するP/N, B/Mから発している。P/NはPart Numberの、B/MはBill of Materialの古い略号で、現在もこの呼び名を使っている企業がどれほどあるかは、良く知らない。組立図には、それを構成する部品に、引き出し線を引いて、数字を丸で囲んだ「フーセン(風船)」を表示する。これがP/Nである。そして図の脇に、数字と部品名とを並べた表をつける。これがB/Mの原型だ。B/Mは今ではBOMと呼ぶことの方が多いし、CAD/PDMで維持するのが普通だろうが。

設計部品表E-BOMとは、つまり製品と、部品図面への紐づけを示す情報だ。ただE-BOMは、必ずしも設計の必要性で生まれたとはいいにくい。これは製造や購買のための情報という側面が強い。もちろん、E-BOMをデータベース化すれば、部品の再利用には有用だろう。設計の手間が減るからである(再利用可能にする仕事)。また、部品を共通化できれば、さらに有用である(ただ設計の手間は多少、増えるかもしれないが)。

ここまでをまとめると、BOMデータの目的は、
・資材購買のため
・製造指示のため
・コスト推計のため
・工程(スケジュール)計画のため
ということになる。

これらの便益が、作成の手間を上回るならば、BOMマスタデータで得する会社になる。逆に言えば、これらの便益より、作成の手間が大きいと感じられると、BOMマスタデータは構築されないままだろう。では、どんな場合に、構築が難しくなるのか。

BOM構築の第一の難所は、作成の手間をかける部署と、便益を得る部署が違う事から生じる。E-BOMは設計部門が作成し、M-BOMは生産技術部門が展開する、というのが多くの会社の実情だ。しかも設計部門は本社に、生産技術部門は工場にあったりする。かくして両者は、次第に乖離していく可能性がある。

当たり前だが、BOMや構成するマテリアルの属性などは、上流側(設計部門)が入力すればベターである。だが、これを入力する手間は、設計部門にはあまりメリットももたらさないように思われる。かくして、属性入力は製造側が、あとで設計仕様書を見ながら手作業で入力したりする。

また、製造の都合で代替部品や代替工順(外注化)が行われることも、E-BOMとM-BOMが乖離していく理由の一つだ。では、この両者の整合性をとるのは誰の仕事か? どの部署も、あえて自分からは動きたくはない。会社全体の利益より、部門のコストを優先するのは、おかしな話だ。だが現実にはしばしば横行している。まあ、もっともこれは、会社の上層部が、本気で号令をかければ解決可能ではあろう。

BOM構築の第二の難所は、もう少しやっかいだ。もともと階層構造型のBOMデータのモデルは、米国の生産管理方式であるMRPから生まれた。MRPは’60年代の終わり頃に、IBMが中心になって作り上げた仕組みだ。そして現在でも、多くのERPパッケージや、生産管理パッケージの基本に組み込まれている。

ところでMRPには、当時の米国の生産思想を反映した、(暗黙の)前提条件がある。以下にそれを列挙してみよう:
(1) 製造指示はロット単位に、プッシュ型で行われる
(2) 工場の生産能力は十分にある
(3) 製造リードタイムはリーズナブルに与えられている
(4) 生産計画が確定したら、変更は少ない(受け付けない)
(5) BOMのトポロジーはA型である(組立加工的)
(6) 製品のバラエティ(オプション数)は多くない
(7) 計画立案時点で製品のBOMは確定している

一つひとつを解説すると長くなるので、ここではしない。ただ、上記の前提条件の全部が当てはまる日本の企業は、滅多にないだろう。あなたの会社はどうだろうか?

にもかかわらず、やはり最低でも製造オーダーの発行と資材の発注書くらいは自動化したい、というニーズが強い。で、どうするのか。結果として、MRPシステムでM-BOMデータベースからの部品展開機能だけを使い、スケジュールや進捗管理は手作業化する、というのが大方の企業のあり方である。研究会仲間のコンサルタント本間峰一氏は、この状態を「生産管理システムが伝票発行マシン化する」と表現している。

スケジュールや進捗管理は、実際には手作業なのだが、現場の裁量と有能さでなんとか乗り切るのが、日本企業である。ところが製造現場を良く知らない経営者は、「ウチは生産管理をシステム化している」と信じている。それどころか、現場の追随能力を超えた変更を、営業が(受注ほしさに)受けてしまうのも、よくある話だ。これが、BOMで苦労する会社の実態である。

一体、どうしたらいいか?

ここですべての解決策を書くことは、無論できない。だが、少なくとも大事なことが一つある。それは、「BOMで苦労している」という事実を、会社レベルで共有することだ。そして、適切なBOMデータのマネジメントは、便益(とお金)をもたらす、という認識を経営者が持つことが必要である。

しかし、これだけでは記事としてあんまりだろうから、一例として、上記の前提条件(5)があてはまらないケースについて、少しだけヒントを書いておく。A型のBOMとは、複数の部品を組み立てて、サブアッシーをつくり、製品を作っていく、集合型の部品表のことだ。これが当てはまらない場合とは、たとえば共通の中間部品・材料から、多数のバリエーションが生じるV型、T型のBOMのケースである。
e0058447_04500258.jpg
現在のMRP系の仕組みは、V型、T型のBOMを扱うのが上手ではない。そのまま動かすと、一つの共通部品・材料に対して、多数の製造オーダーが集まってしまう。しかもどれかの受注に納期変更や数量変更が生じると、影響範囲の特定はますます複雑になる。

こういうケースでは、共通する中間部品の上流側と、下流側の指示方式をかえるべきなのだ。上流側は、需要予測に基づく計画(見込)生産がおそらく適している。あるいは、(需要変動が小さければ)在庫推移監視方式で生産するのが良い。「在庫推移監視方式」というのは渡辺幸三氏の発案した用語で、文字通り、在庫の推移を監視して、適切な在庫量を切らさないように、補充生産指示をかけていくやり方である。

他方、下流側は確定オーダーに紐づく受注生産で動かすのが良い。このように、部品展開計算を途中の中間部品でせき止める(通して部品展開しない)ことで、個別の注文の変更による影響範囲やリワークが、全体に広がらないようにコントロールするのが大事なのだ。もっともこのような方式の実現には、在庫増が伴うし、営業部門や購買部門や原価管理部門の、理解と協力が必要だ。

・・さて。では、こうした生産・販売・在庫方式の変革を、リードするのは誰か? これが次なる疑問であろう。よくビジネス界の英雄物語に出てくる、「生まれつきのリーダーシップ」を持った人か? まさかね。そんな人が、あちこちの職場にいてくれるとは、あまり期待できまい。おまけに、生まれつきだったら、育てることも叶うまい。

そうではなくて、実際に必要なのは、生産システム全体を見通す能力を持った人である。それだったら、(もちろん資質にもよるが)教育可能だ。

わたしはこの点で、中堅企業に期待を持っている。

大企業では、縦割り分業病で変革がスローすぎる。小企業では、BOMソフトウェアに投資できまい。中堅企業ならば、変革の可能性を一番持っている。日本ならば、中堅企業にも、優秀な人はたくさんいる。

そしてわたしは、近々開催するBOMのセミナーで、限られた時間ではあるが、こうした問題への取り組みについて説明したいと思っている。何だ、お前の宣伝かよ、と思っていただいても別に構わない。ただ、わたしは、払っていただいた費用に見合う分の、気づきを持ち帰っていただけるよう、約束の意味も込めて書いている訳だ。本を読めばすむことを、セミナーでお話しするつもりはない。12年前に発刊した以降に、わたし自信が気づき学んだことをお伝えしようと思っている。

わたしがこうしたセミナーをお引き受けする理由は、参加者に知識を伝授して「教育」するためではない。BOMの問題は各社に固有性がありすぎて、的確な解決法を限られた時間に伝えるなど、現実にはむずかしい。そうではなくて、自社にはどんな視点が欠けているか、何を学ぶべきかを参加者の皆さんに気づいてもらうためにやっているのだ。

気づけば、「学び」が発動する。きちんと学んだ人だけが、自分の問題を解決できるのである。


<関連エントリ>
 →「BOM/部品表に関するセミナー講演のお知らせ(6月20日・東京)」 http://brevis.exblog.jp/25787223/
 →「同じモノか、違うモノか? - マテリアルの同一性問題をめぐって」http://brevis.exblog.jp/24176770/ (2016-02-28)
 →「書評:生産管理・原価管理システムのためのデータモデリング 渡辺幸三」 http://www2.odn.ne.jp/scheduling/Rec2004.html#label00087 (2004-07-05)

# by Tomoichi_Sato | 2017-06-04 04:54 | Comments(0)

研究開発戦略へのシステムズ・アプローチと、モノづくり大国の貧困

「日本は、ものづくり大国だ」という言い方を、よく耳にする。モノづくり大国とはどういう意味なのか、わたしは正確な定義を知らない。GDPの中で製造業の占める割合が、すでに1割台に落ちている国に、ほんとに適切な形容なのかとも思う。だが、あまり正確に定義できる概念ではないのかもしれない。モノづくりが盛んで秀でているなら、「日本は技術大国だ」という言い方だって、同じくらいしても良さそうだ。しかし、なぜかそちらはあまり聞かない。そういう実感があまりないのだろうか?

むろん日本の技術者のレベルは高い。そのことは、いろいろな国で仕事をしてきたエンジニアリング会社の人間として、証言できる。それでも「技術大国」という気がしないのは、なぜだろうか。技術大国という言葉でふさわしいのは、現在、どこの国だろうか。技術大国という以上は、少なくとも、技術者の待遇がよく社会的にも尊敬されていることが、必要条件だろうが。

1950年代から70年代頃までのアメリカは、世界一の技術大国だと自認していたはずだ。その自信が崩れはじめるのは、’80年代に入って日本の自動車産業や電機産業・半導体産業などに、追い抜かれはじめてからだった。当初彼らは、日本が円安と低賃金に助けられて、アンフェアな低価格攻勢をかけているだけだと、高をくくっていた。

だが、プラザ合意で円高にかわっても、日本の勢いは続いた。そこで、途中から彼らは考えを改めるようになる。技術面でも日本に追い抜かれつつあるのだと感じ、本気で対抗策を講じはじめるのだ。たとえばMITが中心になってまとめた、日本の自動車製造の実態調査と、そこから生まれた『リーン生産システム』という概念は、その一つだ。

リーンは赤身の肉のことで、贅肉のない、つまり余分な在庫を持たない生産方式を意味する。それまでの米国流で中心だった、大ロットの見込生産では大量の中間在庫・製品在庫が生じていた。これではせっかく大量生産で低コストを実現しても、在庫金利を生じて効果が減じるばかりか、需要の変化への対応速度が落ちてしまう弱点に気がついた。そこで、流通業のQR(Quick Response)をさらに拡大したSCM(Supply Chain Management)という概念や、APS(Advanced Planning & Scheduling=革新的生産スケジューリング)のツールが開発されるようになった。

もう一つ、日本ではあまり知られていないものに、技術研究政策の変化がある。米国には「国立科学財団」National Science Foundation = NSFという政府組織があって、大学などに学問研究の助成金を出している。このNSFは’80年代の半ばに、産業界のニーズにあった学際的な工学研究を行うセンターを、全米各地の大学に設置する構想をたてた。これがEngineering Research Center (ERC)プログラムと呼ばれる政策である。ERCは、大学と企業の実務家とが、持続的な提携関係を結ぶことを主眼とした組織だ。工学と言っても幅広いが、4つの柱があり、その最初が”Advanced Manufacturing”(先進的製造技術)であった。当時の米国政府の危機感がうかがえるではないか。

現在、NSFは年間約80億円の支援予算を17箇所のERCに支出している。金額もすごいが、わたしが最近知って驚いたのは、このERCの設立運営が、徹頭徹尾、システムズ・アプローチに従ってなされていることだった。世に出て産業界に役立つ技術成果は、単体ではなく、『システム』でなければならないと、NFS/ERCは考えた。システムとは(いうまでもないが)コンピュータのことではなく、構成を持った仕組みの意味である。この政策を調査した科学技術振興機構のレポートhttps://www.jst.go.jp/crds/pdf/2014/RR/CRDS-FY2014-RR-02.pdf を参考に、どんなやり方なのか紹介しよう。

たとえば、高効率の太陽電池用の素子の開発は、大切だ。だが、それが電力網全体に重大な役割をはたすには、蓄電・変電・送電などの補助的要素の開発が必要になる。単発的な要素技術だけでは、世の中へのインパクトは小さいのだ。だが大学人は、とかく狭い専門分野を深掘りしたがる。それを防ぐために、ERCでは、「三層モデル」と呼ばれる図を各センターが分野ごとに作成し、研究がその中のどこに位置づけられるか、全体の中で生きるためにはどのような要求を満たすべきかを、つねに意識させている。
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上の図は、米国NFSのEngineering Research Centers(エンジニアリング研究センター)のHP
http://erc-assoc.org/content/three-plane-diagram からの引用である。第1層は、「Systems Research システム研究」と書かれている面である。面の外側で、右にある楕円の要素は「Stakeholders ステークホルダ」(外部の利害関係者)で、もっと分かりやすく言うと関係する企業やその潜在顧客達や官庁などだ。ここからセンターに対して、要求がもたらされ、逆にセンターからは「製品とアウトカム」が届けられる。アウトカムという用語は日本でもようやく広まりつつあるが、プロジェクトやプログラムの活動が直接間接に生み出す効果である。

第1層の面の中には、「Testbed テストベッド」が並んでいる。ここで、下の第2層から上がってきた技術要素が、他の技術要素と組み合わされて、システム的に実証される。ここが肝心なところで、いくら米国企業の研究開発能力が高いと言っても、しばしばそれは単機能のベンチャー的なものが多い。それが世に出て真に役立つためには、他と組み合わさったときのパフォーマンスやリスクの検討を経る必要がある。これは単機能の企業だけではできない。そこに、大学や他企業と協働するためのERCセンターという仕組みの必要性が生じるのである。

だが、第1層のテストベッドで実証されたものも、すぐ世に出る訳ではない。面の右側には、「Barriers 障害」の箱が並んでいる。ここを通過してはじめて、デビューできるのだ。したがってシステム層では、テストベッドを作るだけでなく、障害が何かを同定し、対策を講じることが行われる。

真ん中の第2層は「Enabling Technologies イネーブラー技術層」である。Enablerという英語は訳しにくいが、何かを可能にする技術、問題解決技術、とでも言おうか。層の内部構成は上と似ていて、テストベッドが並び、そして右にバリヤー(障害)が書かれている。

一番下の第3層は「Fundamental Knowledge 基礎知識層」である。ここの面の中には、基礎研究とバリヤーが並んでいる。ここで生まれた成果は、「Fundamental Insights 基礎的知識」として、第2層に上がっていく(おい、insightは知識ではなく洞察とか見識だろ、と思われた方もおられるかもしれない。英語辞書的にはそうだ。だがinsightは、lessons learnt=教訓などと並んで、組織の中で共有可能なものとして扱われる。洞察や見識では個人に属してしまう。そこであえて知識と訳しておいた)。そしてこの層にもバリヤーが存在する。第2層と第3層には、第1層から「Systems Requirements システム要求」がおりてくる。

そして、ERC(エンジニアリング研究センター)の仕組みをマネージする立場の人達は、つねに自分たちの開発課題の全体像を、具体的な3層モデルの図として描くことが求められる。その中で、予算や人員を、どのレベルのどの課題に重点配分するかを決めていくのだ。また、全体像の図が描かれないと、ERCにはNFSからの予算が下りてこない。いやがおうでも、研究開発戦略をシステムズ・アプローチの中で捉えざるを得なくなる。

・・と、ここまで読んだ読者は、「アメリカの研究政策の話なんて、自分に関係ないから興味ないや」と思われただろう。いや、もう半分以上の読者が読むのを中断してサイトを離れたかもしれない(^^;)。そこで、ここまで読み進められた少数精鋭(?)の読者のために、一つだけ注記しておく。ゲーム業界の話だ。

研究開発とゲームソフト開発では、まったく別の世界ではないか? だが最近、読んで衝撃を受けた記事があった。

「21世紀に“洋ゲー”でゲームAIが遂げた驚異の進化史。その「敗戦」から日本のゲーム業界が再び立ち上がるには?【AI開発者・三宅陽一郎氏インタビュー】」 http://news.denfaminicogamer.jp/interview/gameai_miyake?utm_content=buffer7f213&utm_medium=social&utm_source=facebook.com&utm_campaign=buffer

という記事である。わたしはゲームを一切やらない人間なので、記事の中の固有名詞はさっぱり分からないし、三宅氏の発言がどこまで正鵠を射ているのかも判断できない。だが、日本人が手元にあるリソースを上手にやりくりする職人芸で勝負をしているウチに、アメリカは集団で科学的に研究開発を進めて、サイエンスの力で一気に逆転していく、という説明には納得感があった。

才能ある個人の職人芸の集合か、それとも組織的で科学的なアプローチか。そこが基本的な問題意識のありかなのだ。

ERCの図の、一番下のレイヤを見ていただきたい。ここは、基礎研究が並んでいる。大学の基礎研究というのは、基本的に研究者が個人個人の興味と能力に従って、進めていく仕事だ。大まかな研究分野はきまっているだろうが、具体的な方向はバラバラ。能力もバラバラ。したがって、普通だったら、その組織からの研究アウトプットは、個人のアウトプットの足し算でしかない。これが普通の大学の組織だ。

この一匹狼の集団に、個人の総和よりも大きな仕事をしてもらうには、どうしたら良いだろうか? 米国NFSが考えたのは、こうした問いなのである。そして彼らは、「仕事のあり方をシステム化する」という方策を思いついた。外界から、システムへの要求事項が入ってくる。それを分析して要件を切り出し、複数のサブシステムに分割する。サブシステムの機能要件はさらに、個人レベルの要素まで落ちてくる。そして、それらは組み合わさって結合テストされ、さらに上位で総合テストにかかる。こうすることで、各個人の仕事のベクトルを、きちんとムダがないように方向付けたのだ。

一人ひとりが個別にターゲットを追いかけている場合は、成果は個人の足し算にしか、ならない。しかし役割分担を的確にして、組織的にダイナミックに動くことで、個人では捕らえられなかった大きな獲物を仕留めることができる。こうして、組織は単なる足し算を超えた能力を発揮する。また、個人個人のムラをなくした、安定した仕事の成果が得られる。ちなみにERCの仕組みは、決してあるスーパー研究者が独裁的リーダーになって、大勢を手足として使うためのものではない。それでは、組織のパフォーマンスは特定の個人の能力と気まぐれに依存してしまう。

最近、日本の大学研究者のアウトプット、とくに国際的なジャーナルに発表する研究論文数が、どんどん減ってきているという問題が指摘されている。多くの論者は、これを、文科省の大学政策(独立法人化や予算削減)に結びつけて論じている。たぶん、そうなのだろう。だが、ひるがえって、成果を個人の足し算以上にするにはどうしたらいいか、積極的な策が提案されているだろうか? 傍からは疑問に思える。

そしてもう一つ、書いておこうか。

組織の仕事のパフォーマンスは、個人の成果の単なる総和。こういう組織、どこかで見たことがないだろうか? ——そう。多くの企業の、営業部門のあり方にそっくりなのである。営業部門の業績は受注額ではかられるのが普通だが、営業マンはたいてい個人プレーで仕事をする。ときには凄腕の営業マンもいるだろう。だが平凡な者も大勢いるし、無能な奴だっているかもしれない。そして戦果は個人プレーの足し算である。

そして大学研究と同じように、日本企業は世界市場で次第に、販売競争力が低下してきている事実がある。円高その他、説明はいろいろあろう。だが、どうやって販売力を、個人の総和以上に高めるかという議論をあまり聞いた記憶がない。優秀な営業マンはいる。だが、有能な営業管理者がいないのだ。セールスの仕組みを、つまりシステムを構想し、作り上げる能力を持つマネージャーが見当たらない。まったく、わたし達の社会はどこを切っても同じ断面が見える。兵士達一人ひとりは勇敢だ。だが、組織を合理的に動かす将軍が、いつも不在なのだ。


# by Tomoichi_Sato | 2017-05-23 23:32 | ビジネス | Comments(2)

BOM/部品表に関するセミナー講演のお知らせ(6月20日・東京)

お知らせです。

来る6月20日(火)に、BOM/部品表に関する有償セミナーの講師を務めます。場所は東京・新宿です。

ご承知のとおりBOM/部品表の構築と保守は、製造業にとって古くて新しい問題です。とくに近年は、
 ・新製品開発・投入のサイクルが早くなったことと、
 ・製造のサプライチェーンが国境をまたいで海外に伸びたこと、
 ・企業買収や提携が進んでいること
などの要因が相まって、BOMの維持運用を難しくしています。

この問題は10年ほど前に一度注目を集めた時期があり、わたしも2004年に拙著「BOM/部品表入門」を上梓しました。幸いこの本は未だに現役で、今年も増刷が決まって累計1万部近くになりました。しかしそれは、10数年がたっても、根本の問題が多くの企業で未解決のまま残っている事実を意味しているようです。とはいえ、昨今多少は情報化投資の余裕が出てきたことと、データ・サイエンスやデータ・マネジメントに関心が集まったことで、ふたたび注目されているのかもしれません。

今回はとくに、従来の量産型ではなく、BOMを扱いにくい個別受注生産における知恵などにも光を当てて、「自分で考え身につく」セミナーを目指します。

この問題に関心のある方のご来聴をお待ちしております。

<記>

日時: 2017年6月20日(火) 10:30~17:30

テーマ: 「BOM/部品表の基礎と効果的な活用ノウハウ ~演習付~」

主催: 日本テクノセンター

会場: 〒163-0722 東京都新宿区西新宿二丁目7番1号
     小田急第一生命ビル22F

セミナー詳細: 下記をご参照ください



 よろしくお願いします。
               (佐藤知一)




# by Tomoichi_Sato | 2017-05-20 18:36 | ビジネス | Comments(0)

課題展開図からプロジェクトへ

Kさん、追伸です。

長文のメールを差し上げたばかりなのに、すぐに追伸とはお恥ずかしい話ですが、ちょっとだけ補足しておきたいことを思い出しましたので。それは、もう一つの経営戦略の視点、つまり、「What(何を目指すか)」から「How(いかにアプローチするか)」への話です。
(サイト読者への注:前々回「中堅エンジニアのための経営戦略入門」http://brevis.exblog.jp/25732183/ 、および前回「中堅エンジニアのための経営戦略入門(2)」http://brevis.exblog.jp/25754847/ の記事を参照のこと)

経営者の仕事とは、ざっくり言ってしまうと、次のようなステップから成り立っています。

(1) 企業の「ありたい姿」(使命・ビジョン・ゴール)を示す
(2) 「あるがままの姿」(現状)とのギャップ=課題を明らかにする
(3) 課題解決の方途(戦略)を決める
(4) 経営資源を再配置する(組織の変更を含む)
(5) 遂行をウォッチし問題解決を支援する
(6) 結果として新たな経営資源を獲得・蓄積する
(7) 適時(1)に戻る

課題という言葉の意味については、ずいぶん以前にご説明しましたが、覚えていらっしゃるでしょうか(「超入門・問題解決力 - 問題とは何か、課題とはどう違うか」http://brevis.exblog.jp/12188859/ )。課題とは能動的なもので、“あるべき姿”を思い描いて、現実をそこに向かって変えていくためのポイントです。一方、問題とは、(意識的にであれ無意識であれ)“期待していた状況”と、現実の状況のギャップを指します。上記の(2)で言っているのは、まさに課題の方です。能動的な課題設定は、経営者の重要な職務の1つです。

ついでに言うと、マネージャーの仕事も、大なり小なりこれの縮小版である、と考えることができます。ただし、違いは、中間管理職の場合、主たる使命・目標は「上から与えられる」ことでしょう。逆に言うと、自分で目標設定ができない・ビジョンを生み出せない人は、どこまで出世しても、内実は中間管理職であるといっていいかもしれません。こういう人は未来志向ではない訳で、つまり主体的に生きていない事になりますね。じつはよく見かけるタイプですけれども、
・言われたとおりのことをします、という受注型(受け身型)エンジニア
・正解だけを追いかけたがる入試型秀才
・世間から与えられた競争のモノサシでひたすら勝とうとする競走馬型人間
といった人たちで、環境が大きく変わると絶滅していってしまうのです。

さて、(3)のステップで使う道具立ての一つに、『課題展開図』があります。これは最上位の課題を1番上に書き、その課題を解決するための部分的課題をその次にかき、さらに部分課題を解決するための方策を次のレベルにおく、といった形で作られる図です。例をご覧ください。
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この例ではわかりやすいように、最上位の課題として、「会社の競争力再生」をおいています。そしてその次の中間課題として、「販売力の向上」と「コストの削減」をあげました。販売力の向上という課題を解決するために、2つのプロジェクトが生まれます。1つは新製品開発で、もう一つは海外市場の開拓です。さらにコストの削減という課題を解決するためには、生産合理化と物流改革という2つのプロジェクトがあげられています。スペースの関係で非常に単純な図になっていますが、構造はご理解いただけると思います。

ここであげているプロジェクトは、すべて自発型のものです。例えば新製品開発プロジェクトの目的は、販売力の向上であり、その目標としては、6ヶ月以内に新製品を出荷する、性能を3割以上向上する、が挙げられています。プロジェクトの目標は、具体的な数値をもとに、客観的に成否がはかれる形にすることが望ましいのですが、目標設定は当然ながら課題解決の目的に合致したものでなければなりません。ですから、1年以上かけてじっくり開発するとか、外観を変更するだけで性能はちょっぴり変えるとか、あるいは最小の開発予算で出荷するとかいった目標設定は、不適切だということになります。

さて、ここでどうしても『プログラム』という概念について、ご理解いただかなくてはなりません。プログラムとは、プロジェクトの上位概念です。通常はひとつのプログラムの中に、複数のプロジェクトを包含します。ちなみに米国の「アポロ計画」は、英語では"Apollo Program"でした。プログラムは、配下のプロジェクトを有機的に連携させながら進めることによって、目的を達成する活動です。課題展開図をご覧ください。この例では、「販売力の向上」を達成する活動群が、一つのプログラムに該当します。プログラムは、単なるプロジェクトの集合体ではありません。当然ながら、コンピュータのプラグラムとは全く別の概念です(よく混同されるのでこまるのですが^^;)。
プログラムとは、企業組織が新しい能力を得るために行う、時限的な営為です。これはじつは、英国政府が作成した標準書である"Managing Successful Programmes”(通称MSP)の考え方です。英国では、政府自らがこうしたいろいろなマネジメントに関する標準的解説書を制定して、例えばオリンピックや、鉄道網の敷設といった大規模公共事業を成功させるべく、適用しているのです。

プログラムは能力獲得が目的ですから、通常は、経営資源・設備の増強や、その質的向上を伴います。しかし設備を作ったり、人や組織を増強するだけでは、仕事は終わりません。設備や人が新しい「能力」を獲得して、はじめて目的が達成されるのです。そのためには、プロジェクトの結果(アウトプット)を、能力(アウトカム)につなげるチェンジ・マネジメントが重要な仕事になります。MSPではプログラム・マネージャーは、チェンジ・マネジメントの責任者と歩調をとって働くべし、と規定されています。何か大きな成果物や箱物を作って、それで一丁上がりとはならないのです。

プログラム・マネージャーの仕事は、大きく分けると4つあります。
・必要なプロジェクト群の構想・設計
・各プロジェクトの起動・完了(+中止)
・プロジェクト・マネージャーの任命と経営資源の配分
・プロジェクトの成果物を活用した、価値の具現化(課題解決)

なお、図の例では、経営レベルの最上位課題が、いきなりプログラム・レベルの中間課題に展開されていますが、これは企業組織の規模によりけりだと思ってください。大企業ならば中間に複数のレベルがあるでしょうし、中小企業なら経営課題からいきなりプロジェクトにつながるケースもあるでしょう。ともあれ、経営課題を解決するための手段(戦略)として、プログラム/プロジェクトがあるのだ、という点を理解いただきたいのです。

なお、ついでにいいますと、プログラムの上位概念に、『ポートフォリオ』があります。ポートフォリオとは、企業内、あるいは独立したビジネス・ユニット内で、互いに経営資源を取り合う関係にあるプログラム/プロジェクトの集合体です。経営資源(リソース)とは、人・設備・資金などを含みます。

経営者の仕事の(4)にあげたように、限りある経営資源の配分は、とても重要です。ポートフォリオに含まれる様々なプログラムを、適切に優先順位付けを行い、優先度の高いものから配分していきます。優先順の判断には、費用と効果のマトリクスをよく使います。ポートフォリオ・マネジメントの目的は、必要なリソースの配分ですから、企業内でポートフォリオをくくり出す際には、あまり部門単位(研究所・IT部など)の断面だけで集合体をとらえてはならなりません。研究→開発→マーケティング→生産準備という風につながって、はじめてビジネスの成果を生み出すのが普通だからです。

課題展開図に話を戻しますと、よくある間違いを二つだけあげておきます。一つめは、最上位の経営課題を次のレベルに展開する際、その設定を間違えることです。しばしば、そこに既存組織の単位をおいてしまうのです。たとえば「競争力の再生」なら、「営業部門の課題」「製造部門の課題」という風に分解してしまう。こうしたやり方がなぜ間違いかと言うと、現組織がカバーしていない問題が抜け落ちてしまうからです。また、組織間にまたがる問題が見えなくなりがちです。

もう一つのありがちな間違いは、重複や漏れがあるような改題展開をしてしまうことです。MECEな課題展開をしなければなりません。MECEとは、Mutually Exclusive and Completely Exhaustiveの略で、「漏れもなく、落ちもない」状態を表す略語です(もともとはロジカルシンキングで使われていた用語です)。日本全国の地図を、47都道府県にわけた場合、そこには漏れも重複もありませんよね。あるいは製品を部品表(BOM)に展開する際は、上位の親品目を下位の子部品が漏れも重複もないようにカバーする訳です。これがMECEです。

だから課題展開図とは、企業の経営課題のBOMだといっていいかもしれません。BOMの作り方によって、製造のしやすさや効率性は大きくかわります。上手な課題展開こそ、経営戦略の腕の見せ所なのです。Kさんも、ぜひこういった視点を持ちながら、製品開発の仕事を進めていかれることをおすすめします。ああ、すみません、また長くなってしまいました。最初に「ちょっとだけ補足します」なんて書いたのに(-_-;)。今度ぜひまた、会ってお話できる機会が持てるといいですね。


<関連エントリ>
 →「超入門・問題解決力 - 問題とは何か、課題とはどう違うか」http://brevis.exblog.jp/12188859/ (2010-02-21)
 →「中堅エンジニアのための経営戦略入門」http://brevis.exblog.jp/25732183/ (2017-04-28)
 →「中堅エンジニアのための経営戦略入門(2)」http://brevis.exblog.jp/25754847/ (2017-05-07)

# by Tomoichi_Sato | 2017-05-14 22:06 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

中堅エンジニアのための経営戦略入門(2)

長くなってきたのでここまでのところを少しまとめます。

製品やサービスの開発という視点からビジネスを考えるときには、4つの大きな要素があります。市場、競争、組織体制、技術の4つです。この4つは、企業の持つ能力の4つの面を表している、とも言えますね。つまり、販売能力、競争力、供給能力、技術開発力の4つです。

製品やサービスを開発するときには、これら4つの要素を独立にバラバラに検討するのではなく、合わせ技として、スパイラルを形成するような仕組みを考えることがポイントです。

ところでこの4つの要素は、最初の2つが企業にとっての外部環境を表し、残る2つが内部環境を表すと言い換えることもできます。ここで似たようなものとして想起されるのが、SWOT分析でしょう。よく経営コンサルタントは、最初に訪問したクライアントに対し、SWOT分析という道具立てを導入に使います。SWOTとは、strength, weakness, opportunities, threatsの略で、すなわち、強み・弱み・機会・脅威の4つを表しています。

これらを、<内部環境—外部環境>と、<プラスの面—マイナスの面>の縦横4つのマス目に書いて、具体的なポイントを列挙し、そこからラフな戦略の方向性を立てていくのです。このSWOT分析の「機会」は市場を、また「脅威」は競争を表していると見ることもできます。ただし「強み」と「弱み」は、組織体制と技術に直接対応している訳ではありません。が、わたしの経験では、企業人が自社の強み・弱みを客観的に把握するのは結構難しいものです。ですから、むしろ供給能力と技術開発力の視点で課題を列挙する方がブレずに議論できると思うのです。

さて、もう一つ、米国のポーターという経営学者がまとめた、競争優位のための3つの戦略があります。コストリーダーシップ・差別化・集中の3戦略です。

この3つの戦略と、先ほどの4つの要素の関係について、わたしの理解を簡単に整理しておきます。図をご覧ください。テーマは競争戦略ですから、「いかに勝つか」が問題です。それに対して、供給能力(組織体制の力)によって、安く・早く・大量に生産して、市場を席巻するのがコストリーダーシップ戦略です。いいかえると、薄利多売ですね。そして、これができるのは、市場の大半を牛耳られるような王者(リーダー)企業です。

これに対し、チャレンジャー企業はどうするか。コスト競争に打って出たら、体力の差で討ち死にです。そこで技術開発力を発揮して、リーダー企業とは異なる特色と優位性を持つ製品・サービスをつくって、挑戦する訳です。これが差別化戦略です。たとえていえば、コストリーダーシップ戦略の正面攻撃に対して、差別化戦略は側面攻撃ないし奇襲攻撃に相当します。

ではもっと規模の小さなベンチャー企業や中小企業はどうするか。彼らは、特定の顧客との密接な関係の継続、そして既存顧客の満足・実績を元にした新規顧客の開拓という道を選ぶしかありません。これが集中戦略です。小さな市場を選び、そこだけに集中して錐のように穴を開け、大手を破って打ち勝つのです。大規模な広告宣伝は難しいでしょうから、口(くち)コミやネットなどで顧客を広げていく。まあゲリラ戦ですね。
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余談ですが、この三つの戦略、国レベルの行動にも当てはまりそうな気がします。太平洋戦争で、圧倒的な優位性を持っていた米国に対し、チャレンジャーの日本がとったのは奇襲攻撃でした。そしてベトナム戦争で解放戦線がとったのは、まさにゲリラ攻撃でした。

話を戻すと、もしもKさんが、従来とは全く異なるジャンルの新規商品を企画されるなら、たぶん集中戦略ではじめるしかないでしょう。これはという顧客に狙いを定め、顧客が今まで気づいていなかった問題・ペインを掘り起こして意識の上にのぼらせます。そして、それを解決できるのはわが社のこの製品しかない、と信じ込ませることができれば成功です。あとは徹底してサービスを集中する。もし顧客の満足を得られれば、その実績を唯一最大の広告メディアとして、さらに次なる顧客を掘り当てていく訳です。

逆に、市場を席巻できるような供給体制もないまま、低価格でコストリーダーシップ戦略に打って出たり、大した技術力もなくすぐ真似されるような差別化戦略をとったりするのは、愚の骨頂だということです。自分の置かれている状況を冷静に判断しながら、一番良い競争戦略を決めていかなければなりません。

ただ、こうしたポーターの競争優位戦略論に対し、その後いくつかの批判も現れました。その一つとして、ミンツバーグの戦略類型論を取り上げましょう。カナダの経営学者ミンツバーグは実証的な学風で知られていますが、彼は戦略には二つの類型があることを調査から見いだし、ポーターらの戦略論があまりにも計画立案に偏重していることを批判しました。1987年のことです。

ミンツバーグによると、二つの類型とは、熟考型と創発型と呼ばれます。「熟考型戦略」Deliberative strategyとは、当初から意図した戦略で、それがちゃんと実現したもののことです。つまり、考えてから走り出す、上にあげたポーターの戦略のようなタイプですね。これに対し、ミンツバーグが「創発型戦略」Emergent strategyと呼ぶ種類のものがあります。これは、長期にわたり繰り返しとった行動パターンが成功に結びつき、結果としてそのパターンを組織の基本方針としたものです。これは歩きながら考えるようなやり方ですね。この両者がある、と。

ポーターらの好む熟考型戦略は、うまく当たれば成功しますが、外部環境の大きな変化に対して弱いという面があります。逆に創発型戦略は地味ですが、まあ合議制の文化の強い日本企業では好まれるかもしれません(これは逆に言うと、参謀機能が弱いということにもなりますが・・)。

さて、ここであらためて、Kさんの最初の問いに戻りましょう。経営者でもない、重役でも部長ですらないリーダークラスのエンジニアが、戦略という仕事にどう関わるべきか、本当にそんな必要があるのか、という問いです。答えから言ってしまうと、必要あり、です。なぜかというと、技術者はプロフェッショナル・エンジニアとしての自立を目指すべきであり、そのために戦略の基本を学ぶことが大切だと思うからです。

もしもKさんが、経営企画部などの参謀機能の部署におられるなら、話はもちろん簡単です。戦略立案と遂行のモニタリングが、部署の本来業務だからです。まあ、戦略立案部門と言っても、自分が決める訳ではなく、可能ないくつかの選択肢(オプション)と評価を示し、経営層に決断してもらうことが基本的なスタンスとなります。ただし、このような部署の仕事は、エンジニアとしての仕事ではないですね。

では技術者としてはどうなのか。ここで大切になるのが、以前書いたように、「上司の上司として考える、顧客の顧客を考える」スタンスです。仕事に期待される要件を洞察するためには、それが必要です。言われたこと、要求されたことだけをするのではなく、本当に期待されることを先回りして考える能力。これが、プロフェッショナル・エンジニアとして求められる能力です。

米国やカナダにはプロフェッショナル・エンジニアという制度があることはご存じでしょう。彼らは会社勤めのこともありますが、プロとして独立している場合もあります。聞いたところによるとカナダでは、エンジニアは労働組合にも参加できないのだそうです。なぜならエンジニアは弁護士や会計士などと同様に、Professional(独立性のある知的職業)だから、という社会的概念があるためだとか。

単に言われたことだけやるのは兵卒、あるいは労働者の仕事です。主体性を持つ者が、プロフェッショナルと呼ばれるにふさわしい。主体性を持つとは、未来を創造しようとすることに他なりません。未来の創造とは、未来商品・未来技術を創造することもその一つですが、仕事のやり方を新たしくするのも含みます。Kさんがこれまで工場でやられてきたことは、まさに主体性を持った未来の創造ではありませんか。

技術者や会社員にとって、「主体性」の反対とは、何でしょうか? それは、雇用義務や社会の義務だけ果たせば、あとは自分の自由だろ、と思う態度ではないでしょうか。かなり多くの人がそういった態度をとっているのは事実ですし、まあ、それも一つの生き方だと言えば言えます。じつは大学を出るかでないかの若い人の中にも、就職したらとにかく会社の要求する義務だけ果たして、あとは家族や趣味に生きたい、と考える人達が案外います。ちっとも未来志向ではありませんね。

ただ、そうした態度は、雇用や社会のあり方を新しくしようという希望を持たないこと、でもあります。極論すれば、それは自分が会社にとって交換可能な部品か、ロボットとなることを意味します。ロボットは、希望を持たない存在ですから。本来は未来を設計し創造するはずのエンジニアという種族の中にも、そういう物言わぬ大多数が占めていく現実を、わたしはいささか居心地わるく感じます。

わたしは別に、技術者は皆、独立して技術士事務所を開くべきだ、などと主張している訳ではありません。ただ、このような社会環境のとき、エンジニアはただ会社に従属するだけでなく、主体性を持って仕事の未来を考えるべきではないかと思う次第です。そのために、いわば「個人事業主になったつもりで、頭のトレーニングとして」経営戦略についても思いをめぐらすべきだと考えるのです。それは技術リーダーを目指す人にとって、必須のトレーニングの一部だと考えます。わたしは最近、研究部会の仲間と共に、そうした技術リーダーのための相互研修とコミュニティの場を作りたいと構想しています。遠いのでKさんにお声がけするチャンスがありませんが、そのうちご披露できればと思っています

そしていつか、Kさんが非常にユニークな製品を開発されたおかげで、それを売ってほしいと求める顧客が長蛇の列をなし、自分で好む顧客のみをピックアップして仕事を受けることができたら、そして営業に頭を下げたり無茶なコストダウンを命じられたりする悩みから解放されたら、素晴らしいと思いませんか? そのためには、どの市場に対し、何を売って、いかに供給し、どうやって競争を闘うか(あるいは闘わずして勝つか)を、懸命に考える必要があるのです。それをできるのが、エンジニアとしての仕事の醍醐味ではないでしょうか?


<関連エントリ>
 →「中堅エンジニアのための経営戦略入門」http://brevis.exblog.jp/25732183/ (2017-04-28)
 →「職人的であること、エンジニアであること」http://brevis.exblog.jp/24607574/ (2016-08-21)



# by Tomoichi_Sato | 2017-05-07 23:22 | ビジネス | Comments(0)

中堅エンジニアのための経営戦略入門

Kさん、お久しぶりです。ご無沙汰しておりましたが、何年ぶりかで本社に戻られたとのこと。お元気そうで何よりです。

普通の人なら「本社にご栄転」おめでとうございます、という言葉遣いをするところでしょうが、それでは工場より本社の方が「上」である、という意味になりますね。わたしは本社も工場も企業組織の一部であって、それぞれ役割が違うだけだと考えているので、あえてそうは申し上げません。それに、本社への異動が栄転なら、以前Kさんが工場に移動されたのは左遷だったということになってしまい、ますます不適当ではありませんか。

まあそんな事はともあれ、本社の製品企画部門に移られて、あらためて「製品戦略とはいったい何か? 何をどう考えるべきか?」という、真ん中直球の問いが頭の中に生まれた、というあたりが、とてもKさんらしいと感じました。たしかにおっしゃる通り、戦略立案が本社の重要な機能であることは多くの人が感じていることだと思います。

では、それは具体的にどのような仕事なのか、考えるためにどういう指針がありうるのか、という疑問を、言語化して問われる方は、案外少ない。まして、おっしゃるように、まだリーダークラスのエンジニアが、戦略という仕事にどう関わるべきか、との自問は、世間にあまり回答が無いように思います。

たまたまですが、わたし自身もここ数年間、いわゆる本社企画部門に属して、『戦略』と名のつく仕事に携わってきました。ただわたしは、(以前お話ししたかもしれませんが)戦略という言葉をふりまわすのは、それほど好きではありません。なるべく「プログラム」だとか「シナリオ」といった言い方をするようにしています。

戦略という、一種の軍事用語は、なぜか使う人間のヒロイズムみたいな感情を刺激するところがあって、うっかりすると酔いやすいからです。酔ったら冷静な判断はできなくなります。冷静でなくなったら、何のための計画や評価か分からなくなるじゃないですか。

それと、戦略という言葉を使う人達の中には、ときどき、基本的な経営戦略論の枠組みさえ知らないまま、論を進めているケースが見受けられます。ビジネスにおける戦略については、先人のいろいろな知恵や研究が積み重ねられており、それを学ばずにいるのはもったいないと思うのです。

「学んで思わざればすなわち暗し、思うて学ばざればすなわち危うし」という論語の言葉があります。何か知識を勉強しても、それを自分の頭で考えない奴は、頭が暗いんだ。しかし自分勝手に考えるばかりで、先人の知恵を学ばない奴は、むしろ危ないんだ、という意味です。ですから、製品企画云々の個別論の前に、Kさんには経営戦略の基本的な枠組みを知っていただきたいと思います。

まず、ビジネスというものを成り立たせる、4つの大きな要素について思いをはせていただく必要があります。それは「市場」「競争」「組織体制」「技術」です。この4つが無いと、ビジネスが成立しません。

ビジネスの出発点は、市場です。たとえて言うなら、漁に出るのに、魚のいない海に行っても仕方がないですよね。どこの海に行くか、どんな魚をねらうのか。これが出発点です。これを考えるのが市場戦略です。市場は顧客とか案件とかの集合体で、需要と言いかえることも可能です。

次に、競争(競合)について考えなければなりません。良い漁場に行っても、周りに漁船が100隻もいたら、収穫は望めそうにないでしょう。どのように競争に勝って獲物をとるか、あるいはいかに競争を避けるのか。これが競争戦略です。

さて、ぶじに良い漁場にたどり着いた、競合もいない、そんな状態でも、自分たちの側にちゃんとした要員がいなかったら、魚は漁れません。一人で網も引き竿もふり船の舵も取る、というのでは、せっかくの魚も釣り上げる前に逃げてしまいそうです。だから、適切な人を配置し、役割や判断を分担して、うまく強調して仕事できるようにしなければなりません。適切な供給(遂行)能力を生み出すもの。これが組織戦略ですね。

最後は、そのように漁を続けるうちに得る経験的な知識・知恵や、新しく手に入れた魚群レーダー・GPSといった道具に象徴される、技術です。技術と知識は組織が持つ能力を、いろいろな形で増幅します。遂行能力の面で技術を使えば、漁獲の生産性が上がり、コストは下がるでしょう。また、魚群の動態に関する知識や、魚の利用法に関する技術を活かせば、新しい種類の魚や漁場を見いだすことができるかもしれません。これが技術戦略です(組織体制と技術を合わせて「経営資源」と表現する流儀もありますが、ここでは分けています)。

漁業のたとえではなく、普通の製造業のケースでまとめると、こうなります:

(1)まず市場を見定める。「誰に売るか」
 ↓
(2)次に競合に打ち勝つ。「いかに勝つか」
 ↓
(3)組織体制で遂行する。「いかに作るか」
 ↓
(4)得た知識・技術を活かす。「何を売るか」

ところで、技術を活かして新しい漁場(需要)に向かう技術を得れば、それが新市場を生み出す訳ですから、(4)→(1)はつながっていて、全体としてスパイラルを描く訳です。そして、この4つがきちんとかみ合って働くことで、企業は利益を得ることができます。

あれ? 肝心の製品戦略はどこにあるのだ、と思われたかもしれません。製品の開発・設計は一義的には技術の下にあるのですが、じつは誰に向けてどんな販売チャネルから、いくらでどう売り、どう作るのか、といった方針設定とワンセットなのです。上の4つの戦略要素は互いに連関し合っていて、どれか一つだけを単独で考えても不十分です。良い製品の企画は、的確な市場セグメントに対し、むだな競争を避ける形で、かつ作りやすいよう、技術を応用するものです。これら全体が緊密に組み合わさった、一種のシステムになっているのです。
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この事情は製品を売る製造業ではなく、サービス業でも同じです。サービスメニューをどう開発設計するのかにおいても、上記の4つの要素を考えなければなりません。

たとえば、著名な経営学者のM・ポーターがあげた例が、「ニュートロジーナ」という会社の製品でした。ニュートロジーナの主力製品は、透明で低刺激の石鹸です。彼らはこの石鹸の試用サンプルを、皮膚科医から患者に配ってもらうマーケティングをとりました。肌への刺激を気にする人(とくに女性たち)に、少し高いけれど安心して使ってもらえる石鹸、とのイメージを確立したのです。これによって、スーパーの店頭で「一山幾ら」の安値競争に巻き込まれずに、利益の上がる製品を売り続け、ブランドを確立することができました。ここには、明確な市場セグメントの設定、競争を避ける方策、そして具体的な製品設計の組み合わせがあります。

ポーターがあげたもう一つの例は、サウスウェスト航空という米国の中堅航空会社でした。エアライン会社ですから、売っているのは製品ではなくサービスです。サウスウェストは、米国の中小地方都市間を結ぶネットワークを持っています。そして彼らは定時運行を売り物にします。二つ以上空港を持つような大都市の場合、必ず便の混雑の少ないマイナーな空港の方に就航します。客の乗降をスムーズにするため、荷物預かりを行わず、基本的にすべて手荷物だそうです。また使用する機体も基本的に一種類のみ。だから保守部品もマニュアルも全て共通化でき、万が一の場合の機体繰りも簡単です。すべては定時運行の信頼を守るためで、これによって彼らはエアライン間の安値競争からのがれ、高い収益率をずっと維持するのです。

おわかりでしょうか。戦略というものは、組み合わせて仕組み(システム)としたとき、有効性が高まるのです。市場戦略だとか競争戦略だとかを単体で考えるのも、一応の意味はありますが、ビジネス全体のストラクチャーを構想することの方が重要です。

ちなみに、上にあげた二つの例は、いずれも価格競争から逃れて、「高く売る」戦略であることをご理解ください。競争力というと、ほとんど条件反射的に「コストダウン」(=安売り)を口にする経営者が非常に多いのですが、M・ポーターはそれに組みしません。企業間の競争を詳しく研究した彼によれば、ある業界の競争状態の程度は、(1)新規参入、(2)代替品の脅威、(3)買い手の交渉力、(4)売り手の交渉力 (5)既存企業間の競争程度、の5要因によって規定されるといいます。

そして企業がその中で優位な立場に立てる一般的戦略として、次の三つを提案します。

(1) コストリーダーシップ戦略
(2) 差別化戦略
(3) 集中戦略

コストリーダーシップ戦略とは、いわば王者の戦略であって、幅広い製品ラインナップと全国レベルの市場において、低価格と薄利多売と大量供給能力によりシェアと利益を確保するやり方です。これに対し差別化戦略は、王者に挑戦する企業が、ユニークな特徴を持った製品を打ち出すことにより、競争に打ち勝つやり方です。上のニュートロジーナがよい例でしょう。

そして集中戦略というのは、ニッチをねらう小企業が得意とする戦略です。一部の小さな市場をねらって、そこに経営資源を集中して守り切るのです。小さな市場とは、特定地域の場合もあるでしょうし、特殊な市場セグメントの場合もあるでしょうが、とにかくある種の顧客に密着し関係を築いて、王者も挑戦者も入りこめないようにする訳です。

この三つの戦略は、同時に全部を取ることはできません。どれかを選ぶ必要があるのです。「戦略とは、意志を持って何かを捨てることである」と、ポーターはある講演で語っておりました。彼はさらに言葉を継いで、日本と韓国の大企業は「総合」志向が強く、何かを捨てる決断が下手だが、それではいずれ行き詰まる、とも警告しておりました。

マイケル・ポーターがこの三つを『競争優位の戦略』と名付けて発表したのは1980年のことです。そして経営学の分野で一斉を風靡しました。以来、戦略論の古典とされています。その後、研究が進むと、いくつか批判も現れますが、それはともかく、コストリーダーシップ・差別化・集中、の三つの基本的な競争戦略くらいは頭に入れて、製品づくりに向かわれるようお勧めします。(この項続く)


# by Tomoichi_Sato | 2017-04-28 22:57 | ビジネス | Comments(1)